石丸:中に入ることもできるんですか? 守衛もいないんですか?
キム:中にも入れますよ。所々に門番がいる場所もありましたけど。

石丸:もったいないですね。
キム:だから、敷地には今は稲を植えて、トウモロコシも植えているじゃないですか。

石丸:ああ......、畑になったんですね。
キム:そうです。(敷地は)ほとんど畑になってしまいました。

キム記者の取材によると、「順川ビナロン」で現在稼働しているのはカーバイド工場ぐらいだという。北朝鮮や在日朝鮮総連のメディアにおいて、「順川ビナロン」の〝その後〟に関する記事は極めて少ない。九八年一〇月の『朝鮮新報』(朝鮮総連機関紙)に次のような記述があるぐらいだ。

「順川ビナロン連合企業所(平安南道)のカーバイド職場三号電気炉は九月七日に操業を開始した。石灰石や無煙炭を燃やし、ビナロンや窒素肥料の原料となるカーバイドを生産する。」(『朝鮮新報』一九九八年一〇月二六日付)

長く話題にも上らなかった「順川ビナロン」に少し注目が集まったのは、〇七年五月。朴奉珠(パク・ボンジュ)前首相が職を解かれて「順川ビナロン」の支配人に左遷されたというニュースが流れた時だった。

さてところで、「順川ビナロン」で働いていた数万の労働者はどこへ行ったのだろうか? キム記者が撮影した映像を見ても労働者らしき人の姿はほとんど見えない。考えられるのは、[1]他所へ配置され出て行った、[2]「八・三」を支払って商行為に出ている(「八・三」とは、企業所において一定の金を定期的に職場に納める代わりに暇をもらうことを言う。

北朝鮮全国津々浦々の操業停止中の工場で見られる現象だ。政府は「八・三」をなくすよう指導しているが、給料も食糧配給も出ない中、ストップした工場に詰めていたのでは家族もろとも飢え死にしてしまうので、いっこうになくならない)、そして、[3]敷地内に見られた田畑を耕している。

いずれにせよ、国家の威信をかけて建設された「順川ビナロン」は、これからもトウモロコシや稲穂が風になびくばかりの姿をさらし続けることだろう。
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