橋下市長の発言に抗議し、大阪市役所を訪れた金福童(キム・ポットン)ハルモニ:右から2人目(2012年9月)
橋下市長の発言に抗議し、大阪市役所を訪れた金福童(キム・ポットン)ハルモニ:右から2人目(2012年9月)

■ 「私が『証拠』です」
米兵に生身の沖縄の女性たちをあてがえばいいといわんばかりの橋下氏の暴言。しかもその後、あたかも、沖縄の人権向上のための発言であるかのように軌道修正。現地の怒りの炎に油を注いでいる。

「一時逃れのウソでしょう。いくら弁解しても、最初に出てきた言葉が、その人の人格ですよ」と那覇市の宮里洋子さん(72)。宮里さんは、橋下市長の発言を聞き、すぐに大阪市役所に抗議の電話をした。3カ所くらい部署を回され、電話口の担当者に思いをぶつけたが、その男性も当惑気味だったという。
この5月19日、本土復帰41年にあわせた集会が宜野湾市の海浜公園屋外劇場で開かれた。壇上には、元日本軍「慰安婦」だった金福童(キム・ポットン)さん(87)が上がった。市民団体の招きで来日、17日から各地で体験を語る証言集会に参加している。

金さんは日本統治下の朝鮮半島に生まれ、14歳のとき、軍服工場に行くとだまされ中国やインドネシアなどの戦場に送られた。
「私が証拠です」。
宮里さんはこの日の大会に参加、「聞きながら切なくてたまらなかった」という。金さんの話を聞きながら、脳裏をよぎったのは、幼い頃に見た光景だった。当時住んでいた家の近くには女性たちがよく立っていた。ジープの米兵が乗りつけるのも見たという。

「小さかったので意味はわからなかったけれど、沖縄戦のあとの苦しい暮らしの中、家族を養うため、食べるために、米兵を相手にして生活を支えた女性たちがいたんです」
にもかかわらず、その女性たちは、必ずしも周囲から温かい目で見られていたとは限らないという。

「家族の生活を支えてきたのも女性、辛い思いをしてきたのも女性です、だから橋下発言にはすごく腹が立っています。女性の人権をなんだと思っているのか。性の道具なのか」
集会で、金さんが発言を終えた瞬間、宮里さんは壇上にかけあがり、金さんを抱きしめたという。
「アイラブユー」
金さんはちょっと驚きながらも笑顔を返した。そして、こう言ったという。

「アベは、ダメよ」
ハシモト=アベ。日本軍の被害者がどんなにか日本のいまを案じているかを端的に言い表していた。
(終わり)
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