○今後しばらくは外交政策重視の見込みか

石丸:今後、金正恩体制はどんな方向に向っていくと思いますか?

チャン:金正恩には、内政で新しい画期的な転換はできないと見ます。金正恩が北朝鮮の実情を知っているとは、とても思えませんし、周囲にはおべっか使いしかいないでしょう。私は金正恩が外交政策を重視すると思います。何をするにしても資金の確保が重要ですから、外交政策の大々的な変換を図るのではないでしょうか。開城工団も再開に向かったし、米国、日本、中国などに譲歩する姿勢を見せると見ます。

ハン:今後数年間は、特に人事に関する動きが増えるでしょう。金正恩が北朝鮮の現状について少しずつ把握する過程で、この1年半、軍部を対象に行われたような、登用、粛清などの動きが各所に広がるでしょう。自分の好みの人材を並べておいてこそ、独裁政治ができますから。それは金正日の時代と同じです。金正恩は幼くして政権の座についたので、金正日よりは苦労しうまくいかないでしょうが、その分、より強固な独裁体制作りを目指すものと思います。

(参考写真)北朝鮮では、保安員(警官)と市民のトラブルは日常茶飯事になっている。写真は、保安員の取締りに猛烈に抗議する女性。結局、この保安員は退散することとなった。2010年6月平安北道 撮影:金東哲(キム・ドンチョル)(アジアプレス)

(参考写真)北朝鮮では、保安員(警官)と市民のトラブルは日常茶飯事になっている。写真は、保安員の取締りに猛烈に抗議する女性。結局、この保安員は退散することとなった。2010年6月平安北道 撮影:金東哲(キム・ドンチョル)(アジアプレス)

 

○反体制運動はなぜ起こらないか

石丸:今の北朝鮮では反体制運動がまったく表面化していません。なぜ、北朝鮮でだけ反体制運動が起こらないのでしょうか?

ハン:私も脱北後に韓国で同じような質問を多く受けました。「なぜ脱北せずに、北朝鮮に残って自由のために闘わなかったのか?」とか、「危険をかえりみず脱北する勇気があるならば、残って闘わなければならないのでは?」といったものです。

その度に私は「あなた方は、北朝鮮の社会について本やニュースで接するのではなく、直接住んでみてはどうですか」と答えることにしています。北朝鮮で体制を守る役割をする保衛部(情報機関)は住民の息の音を聞き分けるほど発達していると言っても過言ではありません。

今、北朝鮮で最高の反体制運動といえば、ビラを配ることです。2010年に清津と羅津でビラがまかれたのですが、それすらも金正日を直接非難するものではなく、党の幹部たちを批判するものでした。保衛部の怖さが分かるでしょう。保衛部が重点的に扱う事件は、政府転覆陰謀、つまり首領制に対する反体制運動を摘発するのが最優先で、次が宗教です。こうした動きが国家を浸食するといって、容赦なく処罰されます。

北朝鮮のような社会では一人が立ち上がるのではなく、全ての国民が団結して立ち上がる必要があるのに、あの体制下で苦しんている人々は、自分の意見を表面に出せずにいるので、いつしか、皆が「機会主義者(日和見主義者)」になってしまったのだと思います。
もし、デモや反体制運動が起きたとしたら、その中に必ず密告者がいるでしょう。

また、保衛部は反体制運動をした「犯人」を、三代まで政治犯収容所に閉じ込めておくでしょう。子どもに苦労をさせたい親はいません。金正恩が登場して、まず掌握したのが保衛部だと言われています。政権が崩壊しない限り、反体制運動はすなわち「死」につながるのです。

チャン:国民が「機会主義者」になっているという見方に同意します。妻や子供のいる人間は、家族のことを考え、絶対に反体制運動などはしないでしょう。
(終わり)

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