◇ 北朝鮮側の戦術を推測する。

日本の提案を受入れて北朝鮮が協議の場に出て来たのは見返りを求めてのことである。北朝鮮が獲得したい経済的見返りは4点に集約できる。

(1)小泉政権時代に不履行のままになっている食糧支援12万5000トンなどの人道支援
(2)北朝鮮に残る遺骨収集作業に伴う経費請求
(3)日本独自の経済制裁の緩和ないし部分解除で貿易の再開、及び投資の誘致
(4)国交正常化に伴う賠償的性格の経済協力金
核実験強行によって国連安保理による制裁が科されている現状で、北朝鮮への現金の供出は困難だ。また核兵器放棄がない限り国交正常化は絶対にありえない。 これは北朝鮮当局もわかっているだろう。一度限りの支援や経費ではなく、貿易を再開して恒常的な収入を得ることまでが今回の獲得目標で、あわよくば正常化 まで、というのが北朝鮮側の狙いだというのが筆者の見立てだ。

追加情報もある。8月中旬に中国に来た北朝鮮の貿易企業の幹部は、金正恩政権の一番の狙いは投資だとして次のように述べた。
「平壌の狙いはレアメタルの日本への輸出だけでなく開発投資だ。北朝鮮にはレアメタルがたくさん埋っているが、問題は純度、精錬度なのだ。高品質にする技 術がない。日本から投資を受けて精錬する施設を作りたいのだと聞いている。中国への依存度が高い各種レアメタル生産への投資なら、日本も大いに魅力を感じ るはずでしょう?」
日朝間で解決を目指すべきは、本来は拉致問題ばかりではない。日本による植民地支配を清算し国交を正常化させることが最大の課題であることは言を俟たない わけだが、まず拉致犯罪案件を解くことなくしては、あらゆることが前に進まないことは北朝鮮政権も十分に承知しているはずだ。そして、金正日時代の失 敗...日本人拉致を認め謝罪したのに、日本世論が「激高」して傷を負ったことも強く意識しているはずだ。

これまでの日朝間の交渉と北朝鮮内部の動きから、筆者は北朝鮮側が「謎の日本人」を「隠し球」にする戦術を立てているのではないかと考えている。日 本側が拉致の疑いありと見ている人の中に「謎の日本人」がいて「自分の意思で北朝鮮に入った」と公にすれば、日朝間の課題から「拉致色が薄まる」効果は小 さくないだろう。

北朝鮮側は調査結果を数次に分けて発表するとしている。つまり調査結果を小出しにして、その都度に獲得できる経済的な見返りを得ていく戦略だと思わ れる。日本人拉致を巡る交渉で金正日時代の最大のミスは、最初に拉致被害者の安否リストを提出してしまったことだと、北朝鮮側は総括しているに違いない。 調査の結果わかった「謎の日本人」を小出しに表にすることで、「行動」対「行動」の原則で見返りを得たいと考えていたのではないか。
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