このさい、局所排気装置の定期検査義務づけや職長などへの安全教育の義務づけ、健康管理手帳制度の創設などが追加されている。なお、国の資料などで 石綿障害予防規則(石綿則)との比較で特化則を旧特化則と記述している場合があるが、ここでは便宜上、1971年制定のものを旧特化則、72年制定を特化 則と呼ぶ。

ここからが本題だが、原告側はアスベストの危険性は戦前から国が調査をするなどして知っていたのだから、1947年の労働基準法および旧安衛則の制定時にそれを前提とする規制措置を講じなかったことが合理的でなく違法だと主張していた。

旧安衛則ではアスベスト粉じんのみを対象とした規制はなかったが、高裁は〈粉じんを発散する等衛生上有害な作業場においては、その原因を除去するた め、作業又は施設の改善に努めなければならない〉と、ほかの粉じんから除外もしていなかったと判断した。要するにアスベストについて何も書かれていなかっ たわけだが、粉じんが発生する屋内作業場では〈局所における吸引排出、機械又は装置の密閉、換気等適当な措置を講じること〉としていたこともあり、不問と した。

判決が国の主張以上のことを言っているという村松弁護士の指摘はこの部分に対するものだ。裏付けとなっているのは1972年の特化則制定に合わせて発行された『特定化学物質等障害予防規則の解説』(中央労働災害防止協会発行)である。

それによれば前出の旧安衛則の規定は、〈排気又は排液中に有害物質等を含む場合における沈でん、集じん等をすべきことを抽象的に定めているにとどまり〉、ごく一部の有害物質しか規制していないとして、〈従来、化学物質等に関する法規制は、きわめて不備であった〉という。

この解説本を編集したのは当時の労働省労働基準局安全衛生部。つまり国が法令の解説本で自ら旧安衛則の規定が抽象的できわめて不備だったと告白しているのである。そのため特化則ではそれを正したとの説明である。

判決で否定する規制の問題点について、国側では「きわめて不備」として、特化則制定時に規制対象に加えたことを明かしていることになる。国の責任を示す第一級の証拠資料といえよう。

このように大阪高裁判決は、被告の国に対してはその主張を超えた内容まで証拠から探し出してくるほど熱心なのに、原告の主張には国側の証人ですら認めた内容をあっさり無視する。さらには制度の不備を国が自ら告白した証拠すらなかったかのように扱う。

その結果、「国の責任」は「事業者の怠慢」にすり替えられ、「国が十分な情報提供をしなかった」ことは、「事業者や労働者が危険性を知っていた」に変更された。

これだけでも判決の特異性がよくあらわれていよう。あまりにも不公平な判断といわざるを得ない。(続く)
※拙稿「「悪魔の判決」と批判される泉南アスベスト訴訟高裁判決の本当の意味【上】」『ECOJAPAN』日経BP社、2011年12月16日掲載を一部修正

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