取材は、人目をはばかるキム氏のために、中国のある都市のホテルの一室で密かに行った。

取材時間はのべ7時間に及んだ。各地の農村の疲弊、とくに黄海道で12年に発生した飢饉の悲惨な実態について多くを語ってくれた他、矛盾が深刻化する中で出発した金正恩体制の現状と行方についても、厳しい見方を隠さず吐露してくれた。

なお、取材の日時はキム氏の安全のために明らかにできないが、2012年後半から13年12月の張成沢氏粛清の前までのある時期に行われたことだけを記しておく。公開が遅れたのはキム氏の身の上を考慮してのことである。文中の敬称は省略する。
(取材 石丸次郎 訳・整理 リ・ジンス)

黄海南北道地図

 

石丸 まずお聞きしたいのは、2012年度に黄海道で発生した飢饉についてです。私たちはこの年の初頭に、黄海 道、特に黄海南道の農村で、看過できない規模の飢饉が起きているという情報を得て、黄海南道から中国に出国してきていた6人に詳細な話を聞きました。農村 で数千~万単位の人が餓死し、人肉食事件まで発生する惨状だったと推測していますが、黄海道飢饉は事実でしょうか?

キム はい。簡単に言うと、朝鮮屈指の穀倉地帯である黄海南道は、12年にかつてない塗炭の苦しみを味わいました。黄海南道の農民にとってはまさに「苦難の行軍」といっていいでしょう。

石丸 なるほど。あなたは一二年に黄海南道の農村をいくつも訪れたそうですが、そこで見た光景はどんなものでしたか?
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