イラク北部の「イスラム国」(IS)の支配地域との境界線では、深い塹壕が掘られ、クルド地域部隊ペシュメルガが、防衛にあたる。連日、激しい戦闘が続いていた(今年2月イラク北部マハムール郊外にて撮影・玉本英子)

イラク北部の「イスラム国」(IS)の支配地域との境界線では、深い塹壕が掘られ、クルド地域部隊ペシュメルガが、防衛にあたる。連日、激しい戦闘が続いていた(今年2月イラク北部マハムール郊外にて撮影・玉本英子)

 

分隊長だったモハメッド・イブラヒム(30)は、拘束後もISを信奉している。別の武装組織にいた2人の兄を米軍とイラク軍に殺された。その恨みか らISへの志願を決めた。「イスラム国は真理。それに歯向かう敵は殺されて当然だ」と言う。今年、モスル郊外の戦闘で、クルド部隊に拘束された。捕まるな ら自決せよ、と戦闘員は教え込まれている。実際、過激な外国人はその場で自爆する場合が多い。だが、モハメッドは死に切れなかったという。「3人の子ども の顔が思い浮かんだ」

アメリカの攻撃で始まったイラク戦争。占領に反発する武装勢力の闘争は、その後、イラク人どうしが殺しあう宗派抗争へと変質した。その混乱と、シリ ア内戦に乗じて台頭したのがISだ。ネット動画で「死をも恐れぬ戦士」を宣伝し、若者を引き込んでいる。だが、直接会って話をすると別の側面が見えてき た。過激思想に感化された外国人戦闘員は別にして、地元でISに入った彼らは戦争の加害者であり、被害者でもあった。戦争には正義や悪の線引きなどなく、 一度始まると、すべてを巻き込み、止めることはできない。

クルド人との出会いから、中東取材を始めて20年。今その地を覆っている戦乱は最も過酷で、自分の友人も命を落としたり、難民となり故郷を追われた。「なぜ人は殺し合うの」。戦火のなかで聞いた叫びは、同じ時代を生きる私たちへの問いかけでもある。【玉本英子】

※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」7月28日付記事に加筆修正したものです。

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