RASDのサーレク外相。体系立った話し方が印象に残った(8月30日撮影:岩崎有一)

◆西サハラを苦笑いする人びと

西サハラ代表団のTICAD初参加は、意義深いことだったのだろうか。

この会期中、ずっと気になっていたことがある。本連載のはじめに記した、「西サハラ問題はセンシティブだ」との声だ。その後、TICAD会場周辺で西サハラについて交わされる会話の中でも、センシティブという言葉をたびたび耳にしている。メディア関係者からも聞こえた。
関わりかたを問わず、アフリカにある程度深くたずさわった経験があれば、西サハラという名称を知らない人はいない。しかし、公の場でこの言葉を聞くことは、日本では極めて少ない。シンポジウム会場で西サハラの名を挙げた方が、他の登壇者から苦笑いされる光景も目にしたことがある。

衆目の集まるTICAD7首脳会合開会式では、「すべての参加者に心から感謝いたします」と表明された。一方、事前の閣僚級準備会合では「認めていない実体の参加は、日本の立場に影響を与えない」とし、RASDの存在は明確に否定された。日本政府の戸惑った対応が重ねられた結果、センシティブな問題という反応となり、忖度が生まれた。西サハラを支配するモロッコに多く進出する日本企業の存在もまた、この忖度を助長してきたのだろう。

食糧難や戦乱は命を奪うが、無視という形での存在の否定もまた、命を奪いうる。しかし、今目の前にある存在を、誰も否定することはできない。語ることなくして、西サハラ代表団の参加は、西サハラ問題に対する忖度と無視を打ち破る契機を作った。