断食月(ラマダン)明けの3日間、人々は祝い、女性や子どもは着飾り、家族で親戚を訪ね歩く。写真は断食中に買い物をする人びと。(2021年4月 ガザ市 住民撮影)

 

5月11日からイスラエル軍によるガザへの攻撃が続いている。ガザは断月明け(イード)で、通常なら、お祝いが3日間続くはずだったが、今年は喪に服す断食明けになった。11日から3日間で、パレスチナ側の死者は少なくとも119人(うち子どもは29人)を超えた。13日、空爆下のガザにいる27歳の住民女性から私のもとに連絡が入った。(古居みずえ

◆血に染まった断食明け

パレスチナ・ガザ地区に住む女性アマルさん(仮名 27歳)は一児の母親だ。難民キャンプ出身で、私は彼女を小さいときから知っている。2018年に結婚して、夫と息子と3人で暮らしている。
ガザでは2つの高層ビルが壊されたが、アマルさんの家はその近くだった。

アマルさんは空爆の様子を次のように伝えてきた。
この3日間、ガザでは継続的な爆撃が行われ、子供、女性、高齢者、若者が死傷しています。爆弾やロケットの音は恐ろしいものでした。 あまりにも爆撃が激しいので、私たちは40時間全く眠れませんでした。何の警告もなしに、建物が爆撃されています。

モスクの塔や学校や銀行、道路までが爆撃され、政府本部まで爆撃されました。爆撃は、軍用機、戦車、砲艦からなど様々な方法です。これまで経験した3回の戦争ではなかったことです。攻撃はより野蛮になっています。老いも若きも、無防備な人も区別せず、誰もが容赦なく標的にされています。このように苦しんでいるにもかかわらず、国際社会は残虐行為を抑制し、その攻撃の激化を阻止しようとはしないのはなぜなのでしょうか? 誰も私たちに味方するものはなく、神様しかいません

◆私たちに逃げ場所はない

アマルさんが続ける。
断食明け(イード)の初日なのに、私たちは恐怖の中に閉じ込められました。そして私たちは「まだ私たちは生きている」とお互いに確認しあいました。爆撃は至る所で続いており、逃げ場所はありません。誰も家の中で息をひそめておびえながらじっとしています。私たちは断食明けの喜びを感じることができません。今年は血に染まった断食明けです。コロナでつらい思いをしていたのに、戦争は私たちに断食明けの幸せと喜びまでも台無しにしました

◆攻撃はエルサレム聖地での衝突がきっかけだった

今回の衝突はエルサレムから始まった。エルサレムでは断食月が始まった時から、パレスチナ人とイスラエル警察との衝突が繰り返されていた。

断食期間中は多くのパレスチナのイスラム教徒がアルアクサモスクに礼拝をする。5月9日はイスラエルの東エルサレム併合記念日のエルサレムデーもあり、イスラエル警察は断食の開始前日から東エルサレムの旧市街入り口やダマスカス門前広場の閉鎖を行った。反発したパレスチナ人との間に衝突が起こった。

◆東エルサレムのユダヤ化

シェイク・ジャラ地区の家屋強制退去に反対するイスラエル人のパレスチナ支援グループ(2018年5月、エルサレムで古居みずえ撮影)

 

その背景にはイスラエルによる東エルサレムのユダヤ化政策がある。イスラエルはエルサレムを首都としているが、国際的にはイスラエルの首都と決められてはいない。

何年も前からイスラエルによる東エルサレムのユダヤ化が進められ、ユダヤ人入植者によって東エルサレムの旧市街や町からパレスチナ人たちの追い出しが続いている。今回問題になっている東エルサレムのシェイク・ジャラ地区もパレスチナ人住民に対し、ユダヤ人入植者らが立ち退きを要求していることがある。イスラエル法廷は5月10日にパレスチナ人家族の立ち退き命令を出すことにしていた。

そして、断食月の最後の金曜礼拝の日、イスラエル軍との衝突でパレスチナ人側におよそ200名の負傷者が出た。それを受けてガザのイスラム組織ハマスはイスラエルに向け、ロケット弾を飛ばし、イスラエル人7名が死亡した。イスラエルはその報復として、11日からガザの攻撃を始めたのだった。