シリア北部の米軍。後方の壁の先はトルコ領。(2019年・玉本撮影)

◆米軍撤収でトルコ軍がシリア越境攻撃

今からちょうど2年前のことだ。私の目の前で大規模な戦闘が始まった。2019年10月、シリア北東部カミシュリを取材していた時、国境を隔てた先に展開するトルコ軍が、シリア側に砲撃を加えてきたのだ。(玉本英子/アジアプレス

米軍部隊はこの数日後、北部の国境地帯から突如、撤収。そのタイミングにあわせてトルコ軍がシリアに侵攻し、越境攻撃を開始。(シリア北部テルアビヤッド・2019年10月・撮影:玉本英子)

◆シリア北東の国境地帯が戦火に

炸裂する砲弾が地面を揺らし、激しい音が響いた。標的は、シリア北部を拠点とするクルド人主導のシリア民主軍(SDF)。だが、無差別の砲撃で住民に多数の死傷者があいついだ。北東の国境地域の町は戦火に包まれ、20万人以上が避難する事態になった。

2019年10月上旬のシリア。トルコ軍とその支援を受けたシリア反体制派は、クルド主導のシリア民主軍(SDF)が展開するテルアビヤッドとラース・アル・アインに進撃し、街や村を制圧。民主軍側も反撃し、双方に死傷者が出た。(地図:アジアプレス)

 

トルコ軍機の爆撃で、重傷を負った女性。搬送された病院で錯乱し、兄が介抱する。女性の夫は死亡した。(シリア北部ティル・ターミル・2019年10月・撮影:玉本英子)

 

トルコ軍の攻撃が激しかった町の一つがラース・アル・アインだ。教師のジハン・アヨさん(35=当時)は、姉の結婚式で、夕刻、新郎の家族を出迎えるところだった。そこに上空から爆撃があった。一家はそのまま、町から脱出した。

「故郷も家も、未来も失った」

彼女の表情は、苦悩に満ちていた。

ラース・アル・アインから脱出してきた住民。ハサカの小学校の空き教室の仮設避難所に身を寄せていた。(シリア・ハサカ・2019年10月・撮影:玉本英子)

 

教師だったジハン・アヨさんはラース・アル・アインの戦闘で、家も職も失った。現在も戻ることはできない。「アメリカに翻弄された」と話す。(シリア北部ティル・ターミル・2019年10月・撮影:玉本英子)

◆「ISと戦ったクルドを使い捨てにしたアメリカ」

世界各地で襲撃事件を引き起こした過激派組織イスラム国(IS)。欧米人のほか日本人も殺害された。ISと最前線で戦ってきたのが、クルド人が主体の民主軍だった。アメリカは軍事支援し、米軍部隊を派遣した。

一方、トルコは、民主軍の背後にはトルコ国内で武装闘争を続けてきたクルド労働者党(PKK)がいるとして、軍事攻撃を示唆。国境地帯に展開する米軍の存在が、トルコ軍の越境を食い止めてきた。その合意があったからこそ、民主軍は犠牲を払いながらもIS掃討戦を戦い抜いた。

世界の脅威だったISと戦ったクルド主導のシリア民主軍を「支援する」としてきたトランプ大統領(当時)。ツイッターでは民主軍と対峙するトルコを牽制していたが、突如、その方針を翻した。(シリア北部テルアビヤッド・2019年10月・撮影:坂本卓)

 

トランプ大統領(当時)は、IS壊滅は自分の功績だと誇った。ところが、アメリカはトルコとの駆け引きの中で、国境地帯から突如、撤収する。その結果、住民はトルコ軍の越境攻撃にさらされた。

ラース・アル・アインから逃れてきた避難民は、口々に怒りをにじませた。

「アメリカはISとの戦いでクルドを利用し、使い捨てにした」
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