この映像はいつ撮影されたものなのだろう。今になってテレビで公開されるということは、処刑の直前に撮られたものだろうか。それにしてはあまりにも落ち着いた、淡々とした話し方だった。
新聞の報道によれば、彼は今年6月に行われた最後の公判で、自らの犯罪の手口についてメディアに告白したというから、そのときのものかもしれない。最後の公判、まだ刑が確定されていない段階で、減刑を意図して誠意を見せようとしたのかもしれない。

わずか10分間の番組は、被告の淡々とした語り口ゆえに、かえって何かずっしりと重苦しいものを私の心に残した。
国家を裏切る。それは死に値することなのだろうか。誰かを殺したわけではない。欲に目がくらみ、人を裏切ったり、モラルをかなぐり捨てたりする人間は、この世に吐いて捨てるほどいるではないか。

だが、イスラエルという、いつミサイルを撃ち込んでくるか分からない国に情報を売り渡すことは、何百人、何千人、あるいはそれ以上の同胞の命を危険に晒すということでもあり、それは万死に値する。この国ではそういう解釈になるのだろう。そしてそれは、至極当然のことのような気もする。

しかし、民主国家と呼ばれるほとんどの国には、国家反逆罪は存在しない。その成立要件が曖昧で、当局側によって恣意的に悪用される可能性が高いからだと言われる。機密情報の漏洩は罪にはなるが、それで処刑されるということはない。
祖国を敵国に売り渡し、巨額の報酬を受けていたというその男は、カメラを向けられると延々と話し続ける、どこにでもいそうな話好きの普通のイラン人に見えた。
あるいは、本当にそんな、普通のイラン人だったのかもしれない。