大村一朗のテヘランつぶやき日記~アザディータワー 2009/04/12

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【アザディータワー。テヘランに住む人はあまり行ったことがないようだ】(テヘラン/撮影:大村一朗)

テヘランつぶやき日記
天気の良い休日、家族でどこかに出かけようという話になった。テヘラン市内で、まだ行ったことがなく、面白そうな場所はどこだろうとしばらく考えた挙句、思い至ったのがアザディータワー(自由の塔)。
誰もが知るテヘランのランドマークにもかかわらず、あまりに身近すぎて、なんだか行ったような気持ちになっていた。

実際、アザディータワーの立つアザディー広場には、数え切れないほど行っている。アザディータワーをぐるりと一周するこのロータリー式広場は、テヘラン市街の西の玄関口であり、ほんの数年前まで国際便が発着していたメヘラバード空港からテヘラン市内に向かうのに、まず通過するのがこの広場なのだ。空路テヘランへ戻り、タクシーの車窓からこの塔を見上げるたびに、またこの町に帰ってきたことを実感したものだった。

そんなふうにいつもこのロータリーを通過するだけで、わざわざ車を降りて、道路を渡って、ロータリー内部の芝生の広場に足を踏み入れたこともなければ、その中心部に立つアザディータワーを真下から見上げることもなかった(2月の革命記念日の際にも広場内には入らなかった)。

我が家からアザディー広場までは、乗り合いタクシーを2台も乗り継げば、ものの30分ほどで着ける。その日は快晴のもと、西日を受けた大理石つくりの白亜の塔が、真っ白に輝いていた。広場自体は5万平方メートルほどもあるため、その中心部に立てば、そこは渋滞気味の車道から騒音も排気ガスの臭いも届かない、周囲から隔絶された都会のオアシスのようだ。

塔をバックに写真を撮っている親子連れや、塔の真下で抱き合って再会を喜ぶ若者がいる。一人歩きの若い兵隊さんの姿もちらほら目に付く。テヘランに立ち寄った地方出身の徴兵兵士だろう。私たちは芝生のベンチでお弁当を広げてくつろいだ。

今日の目的は、アザディータワーの展望台に上ることだ。高さ50メートルのこの塔の展望台に登るには、階段を下りて、地下1階の博物館をまず見学し、そこからエレベーターで昇らなくてはならない。
博物館は、イランの歴史や産業などを、それを象徴するオブジェで説明しており、小学生の社会科見学向けに作られたような内容だった。博物館をさらっと流した後、係員がエレベーターで展望台に案内してくれた。

地上50メートルからの展望は、高いビルの少ないテヘランでは壮観なものである。景色を堪能している横で、係員がこの塔の歴史や建築について説明してくれる。完成は1971年。革命前だ。当時の名前はシャヒヤード・タワー(国王記念塔)。イラン中部イスファハンで採れた大理石が用いられ、建築の随所にイランの伝統が織り込まれているという。

係員はあえて説明しなかったが、アザディータワーを設計した建築家は、現イスラム体制下では迫害の対象となっているバハイー教徒だった。もしこの塔が、国王の権威を象徴するだけの、芸術的に無価値な代物だったなら、バハイー教徒が建てた「国王記念塔」など、革命成立とともに打ち壊されていただろう。しかし、この塔は体制が変わった今も、イランのシンボル、テヘランの顔として愛され続けている。歴史の評価に耐えうるとはこういうことなのだなと思いながら、私はアザディー広場を後にした。