新ウラン濃縮施設の公表2

【核問題協議のためにジュネーブに向かうサイード・ジャリリー国家安全保障最高評議会書記長(イラン国営TVから)】

テヘランつぶやき日記
大村一朗のテヘランつぶやき日記~新ウラン濃縮施設の公表(2)  2009/09/30
イラン政府が今回の新ウラン濃縮施設について、どれほど合法性を主張しようが、IAEAに申告の書簡を送ったという9月21日の時点まで、地下で秘密裏にこの施設の建設を進めてきたことは事実であり、欧米の指摘もそこにある。

では、おおっぴらに地上で作るのなら欧米は許可したのかと言えば、するはずがない。第一のウラン濃縮施設であるナタンズの核施設でさえ、常にイスラエルによる空爆の脅迫にさらされてきたのだ。2つ目の施設など論外である。

イラン原子力庁長官は、この新施設建設の理由について、「予備的な施設であり、用心のため」と述べている。つまり、ナタンズが空爆を受けることを想定し、技術と人材を分散しておきたいという考えだ。
このようなイランの立場を考慮すれば、秘密裏であったことを攻撃材料にする欧米にも悪意を感じる。

このままでは、一致団結した"6カ国" (=国連安保理常任理事国5カ国+ドイツ)は、10月1日から始まるイランとの協議で、イランに対し、強硬にウラン濃縮停止を迫るだろう。
確実に言えることは、欧米はイランにウラン濃縮活動を停止させる権利はないということだ。だが、長い目で見れば、協議の持つ意味は、両者が信頼関係を醸造してゆくことにある。そして、イランは今回、その意志を疑われるような事実を公表した。そこには、欧米が求める濃縮停止には全く応じる意思がなく、あくまで自らの論理だけを貫こうとする姿勢が伺える。果たしてそれでよいのか。

イランの国営テレビに多様な意見など望むべくもないが、新聞各紙に目を向けても、第2のウラン濃縮施設に関する紙面には、米英仏の干渉主義と陰謀という言葉が踊り、自国の姿勢について疑問を差し挟むような記事は、改革派のアーフターベ・ヤズド紙にさえ見られない(選挙後の騒乱で改革派のエッテマード・メッリー紙はすでに廃刊)。

3年ほど前だったろうか。今はなき改革派系新聞シャルグの紙面に、イランは日本と北朝鮮のいずれの核の発展を参考にすべきかという論説が載った。そこには、日本が第二次世界大戦後、連合国の旧敵国として、いかに国際社会との信頼を醸造し、厳しい査察を受けながら原子力産業を発展させていったかが述べられていた。

自らの権利は堂々と主張すればいい。だが行動はもっと慎重に行なうべきだと叫ぶ者はいないのか。
今のイランでは、核問題はメディアにとっても政治家にとっても、愛国心を図る踏み絵のような存在になっているように思える。(おわり)