イラン温泉紀行2

【公衆浴場の敷地内にある源泉】

テヘランつぶやき日記
大村一朗のテヘランつぶやき日記 イラン温泉紀行2  2009/10/16
「今日はもう終わりだよ」
ハマムの受付の兄ちゃんは信じられない言葉を吐いた。まだ夜の7時前だ。
「7時で閉店。明朝7時から開いてるからそのとき来なよ。朝湯の方が清潔で気持ちがいいよ」
ハマムはこの一軒しかないのだという。だだをこねても仕方がない。街道沿いに出て、夕食を取ることにした。
どこにでもあるようなケバブ屋しか見当たらず、そのうちの一軒に入った。臓物のケバブがあったので、レバー、心臓、腎臓をそれぞれ2本ずつ頼む。他に客はいなかったので、絨毯の敷かれた桟敷に一人陣取ると、まもなく炭火で焼きあがったケバブが運ばれてきた。
それらをすべて、大きなナンで包むように挟み、串を一本一本抜き取る。そしてライムを搾り、塩をひとふりし、甘みのある生たまねぎをポリポリつまみながら、ナンと一緒に臓物を摘む。肉汁が滴る、ちょうどいい焼き加減だ。
食後の紅茶を頼み、一服をふかしていると、ケバブを焼いてくれた店の男が話しかけてきた。25歳だという。
「ここは温泉目当ての観光客はあまり来ないの?」
「来ないね、ほとんど」
「ハマムや宿をもっと増やせば、人も集まるだろうにね」
「役人が何も考えてないんだよ。税金だけ取ってね。本当にここには何もない。若者はすることもない。勉強も、仕事も」
「あんたはこうして店があるじゃないか」
「一般的な話だよ。知ってるかい?イランは本当に豊かな国なんだ。本当に何でもある。金だってあるんだ。でもその金の多くは、政府がレバノンやパレスチナやアフリカのどっかの国に武器を送って使ってしまう。国の金、俺たちの税金を、勝手にそんなことに使っている」
「それでパレスチナ人が救われるのならいいけどね」
「そう。実際、何も変わっちゃいない。このまま今のような政府があと10年も続いたらどうなる?いつもどこの国に対してもケンカ腰で、世界中から嫌われて、そのうち核兵器だって持つかもしれない」
彼は先の大統領選挙ではムーサヴィーに票を入れたという。選挙後の騒乱ではわざわざバスに乗ってテヘランまで行き、改革派の行進にも参加したと胸を張った。
「ところであんた年はいくつだ?39だって?!同い年ぐらいかと思ったよ。なんで日本人はそんなに若く見えるんだろう」
「さあ、たぶん僕が遅く子供を持ったからだよ。あんたは?」
「俺はつい最近結婚したばかりなんだ」
「それはおめでとう。奥さん仕事は?」
「仕事なんてさせないよ。自分の妻を人目に晒すなんて出来ないよ」
僕は耳を疑った。ムーサヴィーの熱烈な支持者が随分と保守的なことを言うものだ。
「ムーサヴィーの支持者ってのは、もっと自由主義的なものかと思ってたけど」
「自由?自由ってそのそも何だよ。自由ってのは、自分のことを自分で決められることだろ?俺は礼拝もするし、酒も飲まない。でもそれは政府に命令されてやってるんじゃない。もし政府が俺に酒を飲むなって命令するなら、俺はこう言ってやるよ。『お前に関係ねえ』。もし政府が自分の妻にヘジャーブを被せろって命令するなら、本当はみんな言うべきなんだ。『お前に関係ねえ!』って。俺が望む自由はそういうもので、ムーサヴィーを支持することとは矛盾しない」
「だったら、君のお嫁さんが外で仕事するかどうかも、お嫁さん自身が決めることなんじゃないの?」
「いや、それはもちろん、まず彼女自身が家にいることを望んでいるんだよ……俺が強制している訳じゃ……」
「ふ~ん、ならね、例えばもしムーサヴィーが前の選挙で政権取ってたら、ひょっとしたらそのうち女性のヘジャーブも女性の自由意志に任せましょうというふうに法律を変えたかもしれないよね。で、もしあんたに将来娘が生まれて、その子が年頃になったとき、自分の意思でヘジャーブを被りたくないと言ったら、どうするの?」
「俺にもし娘が生まれたら、年頃、そう17歳になるまでに、何が正しくて、何が正しくないかをきっちりと教え込む。その上で娘が選んだ選択なら、俺は何も言わない」
「子供なんて、自分が望むようには成長してくれないよ」
「そうかもしれないけど……」
そう言って彼も苦笑いした。気がつくと、かれこれ1時間近く話し込んでいた。時計に目をやる僕に、彼が言った。
「最後に、あんたにお願いがあるんだ。日本に帰ったら、家族や友人、少しでも回りの多くの人に伝えてほしいんだ。イランは本当は豊かな国で、イラン人は悪い人間ばかりじゃないことを」
夜9時を回り、ほとんどの店がシャッターを降ろしていた。テヘランとは違う、内陸部特有の冷え込みに震えながら、僕は足早に宿へと向かった。