イラン温泉紀行3【公衆浴場の正面入り口】

テヘランつぶやき日記
大村一朗のテヘランつぶやき日記 イラン温泉紀行3  2009/10/19
部屋はだだっ広い物置のようで、カーテンもないのに窓はやたらと大きく、夜中の冷え込みは厳しかった。ハマムが開く朝7時になっても、寒くて毛布から抜け出すことが出来ず、結局、起きたのは8時になった。

正面玄関で一人2万リアル(200円)のチケットを買う。女性用入り口はそのすぐ横に、そして男性用入り口は建物の裏手にある。入り口から階段で地下へ降り、脱衣所で係員にチケットを渡すと、サンダルとロッカーの鍵をくれた。そして水着に着替えると、まず軽くシャワーを浴び、浴場へと向かう。そこには20平方メートルほどの浴槽が二つ並んでいた。

浴槽の縁は、鍾乳石のように石化したクリーム色の硫黄によって丸みを帯び、天窓から差し込む明るい陽の光と湯煙によって浴場全体が輝いていた。一段高くなった小さな浴槽には、源泉から高温のお湯が掛け流しで注がれている。それが下の浴槽に落ちると、ちょうどいい湯加減になる。

いい湯だった。今までイランで入った温泉の中では、お湯、温度、雰囲気、全てにおいて一番だと思った。薄い乳白色の湯にはわずかな塩気がある。先に来ていた地元の老人は、この湯には様々な効能があるのだと教えてくれた。30分ほどお湯を堪能し、浴場を出た。

宿のテラスに手ぬぐいと水着を干すと、ものの20分ほどで乾いてしまった。昨夜は真っ暗で分からなかったが、そこから改めて周囲を見渡すと、思ったよりもすぐに住宅地は途切れ、その先には荒野が広がっていた。町というより、村だったのだ。

温泉以外、取り立てて見るものもない。まだ午前の早い時間だったが、テヘランに戻ることにした。街道に出ると、近隣の町へ向かうミニバスの人寄せの声が響いていたが、それほど待たずしてテヘラン行きのバスを拾うことが出来た。

バスはまた、ぶどう農園の中を東に向かってひた走った。
僕は昨夜の青年のことを考えていた。彼の存在は、イラン政治の中に、もはや改革派、保守派という区別が意味を成さなくなりつつあることを改めて教えてくれるものだった。

では彼と呼ぶべきか。伝統的保守層の価値観、諸外国との友好と母国の名誉回復、圧制を拒む民衆としての独立心。それらはハータミー政権時代の価値観と多く重なるような気がする。
ハータミー元大統領は、イスラムを没落から救うために、西洋から学ぶべきものは数多くあるとし、進んで対話を求めた。イスラム社会は専制によってではなく、民衆の意思に支えられた社会でなければならないと説いた。そうして、イランが西洋世界からも受け入れられ始めた頃に、青年は10代後半から20代にかけての多感な、そして政治的な時期を過ごした。

彼のような人間が、今回の選挙で改革派の中にどれほどの割合を占めていたのか定かではない。しかし、そのような集団を何何派と名づけることで顕在化させれば、現体制の枠内でも、きっと強力な一つの政治・思想集団となることだろう。
バスは昼過ぎにはテヘランに着き、短い旅は終わった。一人旅の感覚を、ようやく取り戻した頃だった……。