ホメイニー師侮辱への抗議集会(2)

【官製デモではよく見かける、音響設備を載せたトラック。子供たちが勇ましく乗り込む(撮影・筆者】(2009/12/18)

テヘランつぶやき日記
大村一朗のテヘランつぶやき日記 「ホメイニー師侮辱への抗議集会」(2)  2009/12/18
エンゲラーブ広場周辺は、普段の金曜日と変わらなかった。商店も、食堂も、ケーキやも、映画館も、キヨスクも、店は普通に開いている。警備の数は、前回の学生の日の10分の1もいないだろう。町行く人の表情にも、僕自身にも、緊張感はまったくない。

ちょうど金曜礼拝が終わった頃らしく、大学方面から黒っぽい服装の人々がぞくぞくと流れてくる。その流れに逆らって大学正門を目指して歩く。広いエンゲラーブ通りは歩行者天国になっており、プラカードや最高指導者の写真を掲げた人たちが、いたるところで集団を作って気勢を上げている。

いつ以来だろう、こんな平和なデモを見るのは。ほんの半年前まで、イランでデモと言えば、いつもこんな感じだった。誰が拘束されることも、誰が血を流すことも、催涙ガスが飛び交うことも、銃声を聞くことも、黒煙が上がることも、人々が逃げ惑うこともない、お決まりのスローガンを叫びながら休日の歩行者天国を家族でそぞろ歩くだけの平和な行進、それがイランのデモだった。なんだか、遠い過去が甦ったかのようだった。

大学正門前では、今日の集会用に演壇が組まれ、お坊さんや様々な団体の代表者が演説をしていた。半径100メートルは人で埋め尽くされ、動きが取れないほどだ。
演説が一息つくたびに、群衆の中から自然にスローガンの合唱が起る。「アメリカに死を!」、「イギリスに死を!」、「反ヴェラーヤテ・ファギーフに死を!」、「反政府の領袖どもは処刑すべき!」……。次々とエスカレートしてゆくスローガン。それを黄色い声で必死に叫ぶ女性たち。過去は過去に過ぎないことを、すぐに思い知らされた。

治安部隊の人数は微々たるものだったが、トランシーバを持った「私服」はいたるところにいた。僕は集会場から離れ、行進する人波とともにエンゲラーブ広場へ戻ることにした。
集団から外れて一人歩く人でも、最高指導者のポスターやプラカードを高々と掲げながら歩いている。ポスターを複数抱えている人がいれば、一枚譲ってくれと頼む人の姿も珍しくない。政府の今日の呼びかけに、自発的に馳せ参じた市民がこれほどいることに改めて驚く。

ざっと見積もって、今日、エンゲラーブに集まった体制派市民の数は、数千から1万程度だろう。その数は決して多いとは言えない。しかし、この晩、テレビで見た地方での集会の映像は、テヘランの数を大きく上回る規模であり、この国の情勢はテヘランだけでは判断できないことを改めて見せ付けた。
この日、改革派がテヘラン市街の他の広場に集まったという情報は聞かなかった。ホメイニー師への侮辱騒動も、この日以降、聞くことはなかった。(おわり)