・アーシュラーへのカウントダウン

【各地区に設けられたテント小屋(撮影・筆者】(2009/12/25)

テヘランつぶやき日記
大村一朗のテヘランつぶやき日記 ・アーシュラーへのカウントダウン  2009/12/25
夜の9時過ぎになると、アパートの部屋のすぐ真下、目の前の通りからドスン、ドスンと太鼓の音が響いてくる。これが始まると、もうテレビの音さえまともに聞こえない。
イスラム暦モハッラム月(今年は西暦の12月18日から)が始まって以来、日に日に太鼓の音は激しくなってゆく。モハッラム月10日(12月27日)のアーシュラーの宗教儀式に備えた練習だ。

アーシュラーは、イスラム教シーア派3代目イマーム・ホサインの殉教を悼む追悼儀式で、シーア派最大の宗教儀式と言える。アーシュラーの日に行なわれる行進や殉教劇、炊き出しなどの本部となるテント小屋があちこち(実際、5分も歩けば別のテントが見えてくるほど)に設営されている。それが我が家の目の前にもあるのだ。

追悼儀式と言っても、決してしめやかな行事ではない。むしろ、男の血が騒ぐ、勇壮な祭りだ。太鼓のリズムと哀歌に合わせ、黒装束の男たちが鎖の束で身体を打ちつけながら町を練り歩く。あちこちで羊が屠られ、路上は鮮血に染まる。

殉教の精神とシーア派の正当性、そしてシーア派の団結を人々の心に呼び起こすアーシュラーだが、今年のアーシュラーは、例によって改革派の抗議の場と化し、しかもこれまでで最大規模の抗議運動が起ることが予想されている。

12月20日に改革派の精神的支柱と言われた大アヤトッラー、ホセインアリー・モンタゼリー師(イランの最高指導者ハーメネイー師より階位は上)が突然亡くなった。翌日、テヘラン南部の宗教都市ゴムで行なわれた埋葬式には、政府の妨害にもかかわらずイラン全土から数十万人の市民が集まり、反体制のスローガンを叫び、治安部隊と小競り合いを起こした。

イランでは死後3日目、7日目、40日目に追悼式を行なうが、イラン政府はモンタゼリー師の家族に、この追悼式の開催を禁じた。しかし、三日目には多くの群衆がゴムで集会を開き、拘束者も出たという。そして7日目は、何という偶然だろう、アーシュラーの日と重なる。改革派の指導者らはこの日にモンタゼリー師の追悼式とデモ行進を市民に呼びかけている。

シーア派最大の宗教儀式と、改革派最高位の法学者の追悼式が重なり、これまでで最大の反政府デモになることは明らかだ。
階下から響いてくる太鼓の音が頭痛にさわる。風邪を引いたらしく、鼻の奥がずきずき痛み、頭も痛い。早く寝ようとヘッドホンで静かな音楽を流しながら横になったが、アパートを揺らすほどの太鼓の音は、たっぷり2時間は続いた。