【昨年、選挙当日の4日前にテヘラン市街北部で行なわれた改革派ムーサヴィー候補支持者の集会(撮影筆者)】

テヘランつぶやき日記
大村一朗のテヘランつぶやき日記 大統領選挙一周年 2010/06/12
昨年2009年3月、イラン正月ノールーズに際して、就任して間もないアメリカのオバマ大統領はイランの政府と国民に向け、ペルシャ語で祝辞を述べ、長年に渡る対立を解消してゆこうと呼びかけた。イランでは、おりしも大統領選挙を3ヵ月後に控え、これで政権が改革派に移れば、本当に新しい時代が幕を開けるに違いないと、多くのイラン人が希望を抱いた。そして迎えた6月12日の大統領選挙投票日は、淡い希望が潰えたばかりか、弾圧と絶望の時代の幕開けとなった。

あれから1年、多くのデモが繰り返される中で、数え切れない逮捕者、70名近い犠牲者、そして数は定かではないが処刑者を生み出した。それまで体制の一翼を担ってきた改革派は、いまや完全に体制の敵となり、対立は政界だけでなく、市民をも大きく二つのグループに分裂させた。自由を求める改革派市民の目には、宗教一致のイスラム体制は、もはや共産主義同様、人類が使いこなすには高すぎる理想として、むなしく映っている。

大統領選挙一周年を前に、改革派のリーダーであるムーサヴィーとキャッルービーは、内務省にデモの許可申請を行なっていた。憲法で保証されている平和的なデモは、しかし、これまでと同じようにあっけなく却下された。当局にとっては、許可を受けた合法的なデモに数十万人が参加し、「緑の運動」の存在を国際社会にアピールされるより、無許可の違法デモに参加した数千人を力で抑え込む方が得策に決まっているからだ。そしてデモが行われるはずのない数日前から、テヘラン市中心街に治安部隊を配備し、改革派市民を威圧した。
結局、改革派指導者は声明を出し、人々の財産と命を無駄にしないため、6月12日の選挙一周年記念デモは断念すると発表した。

それでもこの日、夕方からデモが行なわれると聞き、僕はテヘラン中心部を市バスで巡回してみた。これまで激しい衝突の起った広場や交差点には、ことごとく武装した治安部隊が配備され、バスィージ(体制派市民の動員組織)のバイクが暴走族さながら走り回っていた。バスの中から携帯で写真を撮った若者が、兵士によってバスから引きずり降ろされている。遠巻きにそれを眺める学校、会社帰りの人々。

歩道橋の上から携帯で兵士を写真に収めようとしている女子学生を、老人が強くたしなめる。「おやめなさい!すぐ消しなさい。君のためだよ」と。間もなく兵士が歩道橋に上がってきて、ここで立ち止まるなと大声を上げる。
うだるような暑さと排気ガスの臭い、バイクの騒音で頭がボーっとする。誰もが苛立っているように見える。兵士を遠巻きに見つめている人々のどれほどが、ポケットに緑のリストバンドを隠し持っていることだろう。
結局、この日は何事も起こらずに過ぎた。