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【写真は2009年6月のテヘランでの改革派デモ(FILE)】

テヘランつぶやき日記
大村一朗のテヘランつぶやき日記 アラブ諸国の政変、イランに飛び火か(2) 2011/02/16
仕事を早めに切り上げ、デモの現場に向かおうとしたが、市街の交通機関は完全に混乱していた。市街中心部へ向かう上りのバスは普段の10分の1の本数に減らされ、バス停には人々が長蛇の列を作っている。アーザーディー広場に向かう乗合タクシーをようやく捕まえることが出来た。同乗者の若者は、昼間、エンゲラーブ広場には数万人が集まり、催涙ガスが飛び交っていたと興奮気味に話した。

すっかり日が暮れた頃、アーザーディー広場に到着すると、治安部隊は展開しているものの、そこは思ったより普段どおりの姿だった。しばらく広場の様子を眺めた後、エンゲラーブ広場に向かいたかったが、そこに至るバス路線もほとんど動いておらず、私服警官や体制派市民が目を光らせる中を歩いて向かうのは危険だった。

アーザディー広場からアリヤシャールに向かうと、そこでも多くの治安部隊の姿とともに、バスィージ(市民動員軍)のバイク部隊がイラン国旗をなびかせながら広場を乗り回していた。デモ隊の姿は見当たらず、21時過ぎ、帰路に着いた。
今日、何も起るはずはないと予測した僕の目論見は、完全に間違っていた。アラブを毛嫌いし、見下しているイラン人が、アラブの革命に触発されて、その団結を示すという口実に呼応するとも思えなかった。だが、実際には多くの人が街頭に出た。

しかし、この動きが今後の大きなうねりの序章だったとしても、その先に希望はあるのか。エジプトの革命が成功した大きな理由の一つに、体制派市民の動きがほとんど皆無だったことが上げられる。親大統領派がデモ隊に攻撃をしかけたというニュースもあったが、1日、2日でその姿は消えた。ムバラク大統領は30年もの独裁の中で、自分に忠誠を尽くす市民をその程度しか養ってこなかったのかと呆れるほどだ。

一方イランでは、政府が動員をかければ、イラン中から数百万人の体制派市民がテヘランに集まり、デモ隊を包囲するだろう。さらに、エジプトでは当初から軍が中立を守っていたのに対し、イランでは、体制に忠誠を誓う13万人の革命防衛隊がいる。そうした中で、イランの体制指導部が、アラブ諸国の国王や独裁者のように、改革派市民の要求の一部ですら飲むとは思えない。

革命理念とイスラム統治を支持する保守的な人々の存在がまだまだ根強く、体制への抗議者が必ずしも大多数ではないという点で、イランの現状はアラブ諸国の状況とは完全に異なる。この市民運動がどこへ帰結するのか、今はまったく予想が出来ない。