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【アザーディー広場(撮影:筆者)】

テヘランつぶやき日記

大村一朗のテヘランつぶやき日記 3月1日デモ 2011/03/02
3月1日火曜、首都テヘランを始めとするイラン各都市で、改革派による抗議デモが行なわれた。

この日のデモは、2月14日から自宅に監禁されている改革派の指導者二人とその妻の解放を求めるため、1週間ほど前から呼びかけられていたものだ。
イラン政府は、改革派の指導者であるミールホセイン・ムーサヴィー元首相と、メフディー・キャッルービー元国会議長を、それぞれの自宅に監禁している。

電話、インターネットなど全ての通信手段を奪い、外部からの接触も完全に遮断しているため、家族ですら二人の安否を確認出来ない状態が続いていた。このため、海外に拠点を置く改革派グループは声明を出し、二人の監禁を解かなければ、3月1日、ムーサヴィー氏の誕生日にデモを行なうと宣言していた。

デモの前日、改革派ウェブサイトから、二人がすでに逮捕され、刑務所に移送されているとの情報が流れた。BBCを始め、世界の大手メディアはそのことを一斉に報じたが、イラン当局は、二人はまだ自宅にいるとしてこの報道を否定した。
この、改革派指導者逮捕のニュースは、改革派サイドからすれば、二人の安否を知るため、逮捕された可能性もあるという推測をあえて事実のように報じ、イラン当局に揺さぶりをかけるねらいがあったのかもしれない。逮捕していないという明らかな証拠を当局が提示しない限り、デモの規模は必ず拡大することも見越した上だ。

結果として、当局は何の証拠も示さない代わりに、デモ当日、これまでにない規模の厳戒態勢を敷いた。
夕方6時過ぎ、私はバスで市街を南北に貫く目抜き通り・ヴァリアスル通りを北から南下し、市街中心部を東西に貫く、今日のデモ行進が予定されているエンゲラーブ通りを目指した。

通過する広場や主な交差点は、どこも治安部隊がおよそ100人単位で厳重に守りを固め、そこに至る道筋には、バスィージ(革命防衛隊傘下の市民動員軍)が数メートル間隔で立ち、警戒にあたる。
これまでのデモと比べ、バスィージの装備が徹底していることに気がつく。ほぼ全員のバスィージが、デモ鎮圧部隊が持つものと同じ警棒、ヘルメット、透明の盾を備えている。全身を覆うプロテクターこそないが、いつでもデモ隊と衝突できる構えだ。市民に市民を対峙させるという当局の姿勢がより色濃くなった。バスィージには、年配者から、まだ十代と思しき少年の姿も見られた。

警察や治安部隊の要員と違い、バスィージたちは、ほぼ全員がマスクで顔を覆っている。デモ隊が顔を隠すのは当然としても、体制側にあるバスィージたちが顔を隠す理由はなんなのだろう。ボランティアである彼らには、自分たちが市民であるという意識が心の片隅に残っているのだろうか。

ヴァリアスル交差点でバスを乗り換え、今度はエンゲラーブ通りを西のアーザーディー広場に向かう。全線に渡って繁華なこの通りまで来ると、各交差点の治安要員の数は、優に一般市民の数を超えている。誰かが一声でもスローガンを叫べば、次の瞬間には取り押さえられ、その場から連行されてしまうだろう。

エンゲラーブ広場の手前まで来たとき、交通は完全にストップし、バスは30分近くも停車した。その間、治安部隊とバスィージの数百台ものバイクがエンゲラーブ広場方面に殺到していった。デモ隊との衝突が起ったのかもしれないが、確認できない。バスがようやく動き始め、エンゲラーブ広場に到着したときには、夥しい数の治安部隊の姿しか認められなかった。
夜8時過ぎ、バスは終点のアーザーディー広場に到着した。

多くの報道から、この日、テヘラン市街だけでなく、地方都市でも小規模な衝突があったという。後に聞いた話では、この日のテヘランでの主な衝突は、警備の厳重さから、ほとんどが表通りから一歩入った裏通りで、散発的に繰り広げられたという。
改革派はこの勢いを失わないため、今後毎週火曜にデモを行なうことを発表した。