【写真家ヴァリーネジャード氏は3月21日、イラン正月ノールーズの幕開けに際し、秋田県でリンゴを大量に買い込み、被災地に届けた。リンゴはノールーズの正月飾りの一つで、イランでは「愛」の象徴とされる】

teheran_diary0001大村一朗のテヘランつぶやき日記 テヘラン「津波の足跡」写真展2011/07/15
テヘラン市街で東日本大震災の津波の写真展が開かれていると聞き、行ってみた。市街中心部、イランシャフル通りの緑に包まれた広い公園内に、展示場や映画館を備えた芸術家会館がある。レンガ造りの建物の2階に、写真展「ラドパーイエ・スーナーミー(津波の足跡)」が行なわれているギャラリーがあった。

中を覗き込むと、意外にもそこは瀟洒なカフェだった。芸術家会館にふさわしい垢抜けた若者達たちが、飲み物を片手におしゃべりに興じている。そのカフェの白い壁に、20枚のパネルが並んでいた。
石巻、気仙沼、大船渡、宮古、山田町、陸前高田......。写真の上にはペルシャ語で、撮影場所と日付が記載されている。写真は震災から10日目以降に撮られたもので、町がまだ瓦礫にうずもれ、人家の屋根に車や船が乗ったままの姿が映し出されている。

アフシン・ヴァリーネジャード氏は、NHKペルシャ語放送に8年間務め、現在はフリージャーナリストとして震災直後に現地入りした。最初はオランダのメディアやイギリスBBCなどのコーディネーターとして現地へ赴いたが、福島原発の危機的状況に海外のメディアが撤退すると、自腹で被災地に足を運ぶようになったという。

テレビやネットで震災の映像や写真に見慣れていた身には、この写真展の写真そのものは真新しいものではない。ただ、唯一ぬぐい難い違和感は、カフェの和やかな空気にこれらの写真があまりにそぐわないという点だった。楽しげに語り合うグループのすぐ頭上には、遺体の臨時埋葬地の写真が掛けられている。彼らの談笑は、私にとって心地良いものではなかった。と同時に、楽しい会話のひとときを、これらの写真でわざわざ暗い気分にさせる必要もないのにと、申し訳なくすら感じる。いずれにせよ、なぜカフェなのか。私はその疑問をカフェのスタッフにぶつけた。

「写真家自らこのカフェを展示場所に選んだんですか? ここにある悲劇的な写真は、このカフェという場にはふさわしくないと思うんですが」
「そう、写真家が自分でここを選んだんです。その理由は、まさにあなたが指摘した事柄によります。私たちイラン人は、日本で悲劇が発生したとき、そして多くの人が波に飲まれていったその瞬間、何も知らずにお茶を飲みながら談笑していました。悲劇とはそういうものだということを、ここで表現したかったのです」
私はもう一度、ぐるりとカフェを見渡した。そこには確かに、遠く離れた日本とイランのあの瞬間、悲劇と日常が、隣り合わせているかのようだった。