3月21日はクルド人の新年「ネウロズ」でイラクは休日。この日、人びとは家族でピクニックへ行く。
首都バグダッドの人たちも、フセイン政権時代はピクニックを楽しんでいたが、イラク戦争後の治安悪化で、公園で過ごすぐらいになってしまった。一方、治安が安定してきた北部地域に暮らす人たちは、近くの山へ向かう。私は通訳の親族に同行することにした。

北部のドホーク市内から車で15分ほどの場所に広がる草原地帯には、すでに100を越えるグループがピクニックを楽しんでいた。私たちのために、通訳の親族の一人がじゅうたんを敷いて、場所取りをしてくれていた。まるで日本のお花見のようだ。

ピクニックでは女性たちは民族衣装を着て踊る(撮影:玉本英子 2013年3月21日・ドホーク郊外)

女性たちは、きらびやかな民族衣装に身を包み、音楽にあわせて手をつなぎ、クルド民族のダンスを踊りはじめた。
「一緒に躍りましょう」と手をさしのべられた。見よう見まねでやってみるが、ステップが結構複雑で難しい。外国人が珍しいのか、踊りが下手くそなのが面白いのか、みんなが携帯で私の写真を撮っていくのだった。

ピクニックで一番のお楽しみはお昼ごはんだ。ご馳走をつくりお鍋ごと持ってくる。ドルマ(トマトやナスの中に米や肉を詰めて炊く料理)ブリヤニ(炊き込みご飯)など、それぞれの家庭の自慢料理が並ぶ。

「みんなで食べて、踊って、おしゃべり」がイラクのピクニック(撮影:玉本英子 2013年3月21日・ドホーク郊外)

その時、私たちの近くで、母と幼子を抱いた娘らしき人が、うらやましそうにこちらを見つめているのに気がついた。
「新年おめでとうございます。どこから来たのですか?」
と声をかけると、シリアからの避難民だという。

すると、周りにいた人たちが
「大変でしたね。よかったら私たちのご飯を食べてくださいな」
とそれぞれの料理をパックにつめて渡し始めた。それはすぐに大きな麻袋いっぱいになった。
母親は感激した様子で
「ありがとうございます。実は家に子どもが8人いるのですが連れて来られませんでした。今から帰って家族と食べます。神のご加護がありますように」
と言い去っていった。

現在、イラク北部では、内戦が激しくなったシリアからの難民が急増している。通訳は言う。
「イラク戦争の時、バグダッドへの空爆を逃れるためにシリアへ逃げた。その時、彼らはとても親切だった。今度は僕たちが助ける番だ」
澄んだ青空が広がっていた。シリアまでここからおよそ100キロ。
人びとの無事を願わずにはいられない新年「ネウロズ」の日であった。
【イラク・ドホーク郊外 玉本英子】

<<< 第2回  │  第4回 >>>

<玉本英子のイラク報告>6 旧政権の強制移住政策の爪痕いまも
<玉本英子のイラク報告>5 キルクーク・治安悪化に募る住民の不安
<玉本英子のイラク報告>4 キリスト教徒の通訳の家で
<玉本英子のイラク報告>3 治安改善の北部にシリア難民の姿
<玉本英子のイラク報告>2 平和を願うダンス大会に6000人
<玉本英子のイラク報告>1 自爆攻撃の犠牲者家族を訪ねて(全6回)

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