今度は「シンマイ、シンマイ」と声がかかる。一瞬何のことか分からなかったが、店のおじさんが指差すものを見て、それが「新米」だと分かった。イラン北部カスピ海沿岸で作られた日本米だ。かつてJICAが農業指導の一環で、イラン人の稲作農家のグループを来日させた際、彼らがイランに帰国後、在留邦人向けにカスピ海沿岸で日本米を作り始めたのだ。

八百屋の前を通りかかれば、白菜や大根など、日本人が好きそうな野菜を売り込もうと、さかんに声がかかる。最近では普通の八百屋でも白菜と大根を見かけるが、このバザールで売られているものは、大きさも鮮度も外より格段に良い。

今回このバザールに来た目的の一つは、牛タンを買うことだった。いくつかの肉屋を回り、一番新鮮そうな牛タンを選ぶ。もちろん、ショーケースに並ぶのは、大人の二の腕よりずっと大きな舌まるごとだ。重さは2キロ、2000円也。切り売りはしてくれないという。仕方なく巨大な舌を丸ごと買うことにする。スライスしてくださいね、と頼むと、店のおじさんは「もちろんさ!」と肉切り包丁でザクザクと1センチほどの厚さにスライスし始めた。

「機械は無いんですか?そんな分厚い牛タン、硬くて食べれませんよ!」
「なんだスープで煮込むんじゃないの?うちは機械はないよ」
あとで聞いた話では、このバザールでは日本人が買う店は、米なら一番奥の店、スライス肉なら入って右側の2番目の肉屋、などとほぼ決まっているのだという。どの肉屋も機械でスライスしてくれる訳ではなかったのだ。今回は、牛タンは家で自分でスライスするしかない。

そのほか、日本米20キロ、大根、中華調味料などを買い込み、バザールを後にする。今日の晩御飯は牛タンの塩焼きである。明日からまたイラン食をおいしく食べるために、たまにこういう贅沢も必要なのだ。

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