米海軍横須賀基地正門から近い飲食店街

米海軍横須賀基地正門から近い、米兵向けの酒場が並ぶ飲食店街。
国家が情報を隠蔽するとき

44 「人を殺すことに何のためらいもない......」
横浜地裁で判決が言い渡された2009年5月20日、法廷で原告側の席に座った山崎正則は、判決文を読む裁判官をじっと見つめていた。そして、向かいの被告国側の代理人席にも視線を向けた。

判決後の支援者への報告集会で山崎は、米兵個人の責任だけを認めた判決についてこう述べた。
「もう一歩のところで、訴えが認められず、悔しいです。妻の墓前には、『がんばったけど、国と米軍の責任は認められなかった。でも、裁判を通じて闘ったことは評価されると思う』と報告します」
そして、「まだまだ終わらない」と、控訴の意向を明らかにした。

弁護団からは、「判決が、勤務時間外(公務外)の米兵犯罪について、事件によっては在日米軍の監督責任が発生する場合もあると、踏み込んだ認識を示したことは大きな前進だ」、「しかし一方で、今回の事件では、著しく不合理な監督権限の不行使があったとまでは認められない、とハードルを高くして、訴えを退けた」と、この判決の意義と問題点を指摘する意見が述べられた。

判決を受けて、在日米海軍司令部は「日本の民事訴訟なのでコメントする立場にない」との見解を示し、防衛省南関東防衛局は「国の主張について裁判所の理解が得られた。妥当な判断が示された」とコメントした。
判決から8日後、山崎は東京高裁で控訴の手続をおこなった。その1週間後、あらためて山崎に話を聞いた。

「刑事裁判を通じてわかったことですが、犯人の米兵リースは妻の好重を殺したわずか1~2分後に、近くのコンビニで平然とサンドイッチを買っています。人を殺した直後に食べ物を買うなんて、普通の感覚であれば絶対にできません。そして基地にもどって勤務をして、その後、横須賀の街にある性風俗店に行って、1万5000円を支払っています。それは妻を殺して奪ったお金なんです。さらに、その夜も酒場で、事件の直前に知り合った女性と一緒に酒を飲んでいます。常軌を逸しているとしか言えません」
山崎は胸底からこみあげてくるものを抑えるような面持ちで、言葉を継いだ。

「人の死について感覚が麻痺している。人を殺すことに何のためらいもない......。普通の強盗事件なら、殴ってバッグを奪ったら逃げるでしょう。しかし、リースの場合は、好重の腕からバッグをはずして、さらに殴る蹴るの暴行を加えたのです。相手が血まみれになって息絶えるまで。もう殺すことそのものが目的だったわけです」

このような加害米兵の殺人行為の本質には、軍隊の教育・訓練で植え込まれた軍人特有の暴力性の問題があると、原告の山崎と弁護団は裁判で訴えていた。

「元米海兵隊員のアレン・ネルソンさんの話によると、軍隊では敵を怪我させろとは教えず、敵を殺せと教えるそうです。敵を人間だと思わないように教え込まれるんだといいます。リースは海軍ですが、新兵訓練でやはり人殺しの訓練を受けているんです。米兵は自分の意思で日本に来ているわけではなく、軍の命令で強制的に来させられています。暴力的な訓練を受けているうえに、演習などで精神的・肉体的に強いストレスが溜まって、酒を飲めば、自分をコントロールできなくなるでしょう。まさにリースは長期の大規模な演習航海を終えたばかりでした。そして、夜10時から明け方の5時半まで酒を飲み続けたのです。自分をコントロールできない状態になっていたにちがいありません」
つづく(文中敬称略)
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