◆恒例、夏の風紀取締りキャンペーン
8月も半ばを過ぎた、ある日のことだった。表通りで妻と立ち話をしていたとき、突然後ろから乱暴に肩をつかまれた。驚いて振り返ると二人組の兵士が立っていた。
「歩道で話をするな!」
最初は何を言われているのか分からなかったが、30秒ほどしてようやく、「公共の場所で女の子と楽しそうに話をするな」という意味だとわかった。

そこは私が通う語学学校からさほど遠くないタジュリーシュと呼ばれる閑静な山の手の一角で、すずかけの並木が連なる表通りには、おしゃれなブティックや気の利いた雑貨を売る高そうなお店が並び、外国人の姿も珍しくない。

テヘラン南部のモスクの前ならいざ知らず、このタジュリーシュで、しかも外国人の私たちが、ただ歩道で立ち話をしていたぐらいで、しかも実際には楽しく談笑していたのではなく、つまらぬことで口論していたというのに、いちいち肩をつかまれ注意を受けたことが意外でならなかった。

当局による風紀指導が厳しくなってきたという話は、最近あちらこちらで耳にしていた。週末の夜、ドライブ中の若いカップルにその関係を問いただしたり、タクシーを停めてパーティー帰り(テヘランの若者は週末によくホーム・パーティーをする)の乗客をアルコール感知器にかけたり、といった話だ。

右は頭巾型スカーフ「マグナエ」をかぶる女子学生。風が吹いてもスカーフのように乱れる心配はない。マグナエはスカーフよりも公的なイメージを持ち、通学や官公庁への通勤には必須。

右は頭巾型スカーフ「マグナエ」をかぶる女子学生。風が吹いてもスカーフのように乱れる心配はない。マグナエはスカーフよりも公的なイメージを持ち、通学や官公庁への通勤には必須。

8月に入ってからは、ギラン州とセムナン州の両州で、「服装の乱れた女性」200人ほどが逮捕され、1200人ほどが口頭による警告を受けたというニュースが流れた。この国ではイスラムに則った厳格な服装規定が存在し、女性は頭にルーサリー(スカーフ)、あるいはマグナエと呼ばれる頭巾型スカーフを被って頭髪を隠すとともに、身体のラインを覆い隠すためのマーントと呼ばれるイスラミックコートの着用が、宗教、国籍を問わず義務付けられている。

しかし実際には、若い女性の多くはジーンズにスニーカーやサンダル、その上に薄手のサマーコートのようなものを着て、ルーサリーも髪の毛が透けて見えるような薄手の涼しげなものを後頭部に引っ掛けるように浅く被っている。

9月初旬、とうとうテヘランでも一斉取り締まりが行なわれた。報道によれば、警察のほかに500人にのぼる自警団員、バスィージと呼ばれる保守系市民組織が動員されたという。街中で女性たちが捕まっている一方、彼女たちのファッションをリードするブティックにも捜査のメスが入り、この夏から、店頭のマネキンにもルーサリーを被せなくてはならない規定ができた。

「国全体が校則の厳しい学校みたいやな」
妻があきれて言う。この国の女性たちにとって、夏は過酷な季節だ

テヘラン市議会はこの夏、女性に関するもう一つの画期的な計画を発表した。テヘラン市内の五つの公園に「女性専用エリア」を設けるというものだ。
テヘランには、噴水などを備えた大小様々な公園が無数にあり、娯楽のそれほど多くないこの国の市民にとって、かけがえのない憩いの場となっている。

公園なくして家族の週末はありえないと言っても過言ではなく、週末の夜にはどの公園も、ゴザと夕食用の食材、煮炊き用のバーナーを持ち込み、ピクニックに興ずる家族連れで賑わう。

その公園に、「男性の目を気にすることなく」、「服装コードに縛られず」、「リラックスでき、運動もできる」という名目で、外からは見えない女性専用エリアを設けるというのだ。

このニュースについて知人のイラン人男性に意見を聞くと、「女性がリラックスできる場が増えるのはいいことだね」と軽く答えた。それを聞いた彼の奥さん(24)は、腹立たしげにこう反論した。

「そんなもの女性の自由の拡大とはまったく無縁で、社会から女性の存在を隔離したいだけよ。ルーサリーなんて家に帰れば外せるし、何も公園でそんなエリアに入ってまでリラックスしたいとは思わないわ」

しかし実際、公園で一人たたずむ若い女性に男がしつこく声をかけている場面は少なくない。妻の反論に、夫があわててとりなすように言う。
「本来、男女の間に仕切りを設けるのではなく、女性に迷惑をかけたり不愉快な思いをさせてはならないことを男性が理解することの方が大切なんだけどね」

イランでは、市バスは車体の中ほどに仕切りを設け、前後で男女を完全に隔てている。地下鉄には女性専用車両があり、女性はその車両以外に乗っても構わないが、実際には単独で男女共用車両に乗る女性はまずいない。学校も大学に入るまでは完全に男女別学だ。女性の服装規定も、公共の場における男女の隔離も、女性の尊厳と安全を守ることが目的とされている。

97年に改革派のハータミー政権が誕生して以来、多くの規制は緩和され、この国の自由度は増したと外国では報道されている。それ以前に禁止されていた多くの事柄が、徐々に問題にすらならなくなっているのは確かだ。風紀の取締りも、今になって始まったことではなく、薄着になり始める初夏や、外国から要人を招いたりする直前によく行なわれるもので、それ以外の時期はそれほど厳格な取締りが行われているわけではないという。

だが、裏を返せば、すべてが政府のさじ加減一つで決まるということでもある。締め付けと放任を繰り返すことで、若者の心理が一線を超えないように操っているのだ。
別のイラン人の友人は私に言った。

「服装や文化の規制緩和はさして重要なことではない。女の子と街中を歩けることだって、たいした意味はない。そんなものは本当の自由ではないのだ」
自分たちのことを自分たちで決められるのが本当の自由なのだと、彼ら自身が一番良く分かっていた。

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