北朝鮮式「階級制・身分制」の揺らぎ
それだけではない。北朝鮮の伝統的な社会主義「階級制・身分制」も崩れつつある。金があれば党員にもなれるし幹部にもなれる。都市移住がきわめて困難だった協同農場員も、金があれば脱農して都市住民になることもできる。逆にかつて優遇されていた「抗日闘争参加者家族」「朝鮮戦争参加者家族」など、北朝鮮政権を支えてきた人々の待遇は、形式化が進み恵沢と言えるものはほとんどなくなっている。つまり、金がないものはまったく浮かばれなくなったのである。市場化の進行によって、貧府の格差が格段に拡大し、社会的地位の再編が起ったのである。

市場の増殖で北朝鮮の人々の意識も変わった。国家にも党にも、まして指導者にも頼らず、自力で生計を立てることが当たり前になると、政権や指導者に対する忠誠心の希薄化、無関心といった傾向が顕著に現れるようになった。皆、商売に忙しいのである。

述べてきたとおり、外部情報の流入も社会変化を促しつつある。同じ社会主義国の中国やベトナムが改革開放政策で飛躍的に経済発展したこと、敵対する韓国が経済的に先進国水準にあるということは国中に知れ渡った。その結果、自国の貧困や不自由の理由を相対化して考えられる人が急増した。「改革開放に向かおうとせず社会主義に固執する政治に問題がある」との考えは、今や広く一般的になっているというのが、北朝鮮の人々を数多く取材して来た筆者の見解だ。

ただ、市場経済の拡大が、今後、金正恩体制の変化にどこまで、どのように影響を及ぼすかについては、北朝鮮内部の状況を注意深く見ていく必要があると考える。市場経済の拡大が、政権の社会を統制・把握する力をさらに弱体化させるかもしれないし、逆に市場の要素をうまく取り入れることが、経済を成長させて体制安定に寄与する可能性もある。(了)

(敬称略)

※4「北朝鮮経済の現状と今後の展望:改革・開放の行方」 山本栄二New ESRI Working Paper Series No.7 内閣府経済社会総合研究所 2008年8月※5、6 朝鮮総連の機関紙「朝鮮新報」インターネット版2014年2月4日付け金志永記者署名記事「生産の当事者に相応の権限を付与/独自の社会主義的経済管理方法」http://chosonsinbo.com/jp/2014/02/20140204riyo/ など。
この連載記事は、関西大学経済・政治研究所「研究双書」第162冊、「韓国と北朝鮮の経済と政治」(2016.3)に掲載した拙稿「北朝鮮の市場経済の拡大と社会変化 ~北朝鮮内部映像から考える」に加筆修正したものです。

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