私は大体150万イラク・ディナール(約15万円)月給がありましたので、1年間はなんとか大丈夫でした。ところが、その後、支給が止まってしまい、私たち家族の生活は厳しくなります。電気技師だった弟だけが仕事を続け、彼の収入と私と兄が蓄えたお金で家族を支えました。

IS支配下でのライフラインは不安定でした。例えば行政からの送電が、1か月、2か月とまったくなかった時もありました。その時は燃料を買い、家にある発電機を使います。1週間断水することもあったため、いつも水を溜めていました。良い時で、私の地区では1日10~15時間、電気が来ました。

IS地域では、「無料公衆電話」が設置された町もある。外部地域につながったのかは不明。のちに携帯電話が禁止されたのは、スパイが内部情報や軍事拠点の場所を外部に伝えるのを阻止したかったのも理由と思われる。(2015年・モスル西方タラファル)

2016年には衛星放送視聴禁止のキャンペーンを支配地域で開始。戦闘員や住民に配布される機関紙では「アッラーとイスラムを冒涜する情報を流布する邪悪な衛星放送」と禁止の理由を列挙している。(2016年・IS機関紙アン・ナバア)

衛星放送視聴の統制を担ったのは、ISの宗教警察(ヒスバ)。茶色いベストが担当官で、宗教道徳の監視、統制を目的とし、道路交通を除く一般警察業務も行なう。強盗犯や同性愛者の処刑やタバコ・酒類の摘発までも管轄。(2016年・IS映像)

ISが来た当初、携帯電話は使えました。IS支配が始まって5か月目の11月、携帯電話の使用が禁止されました。送信電波塔は破壊されました。

社会統制はどんどん強まり、ついに衛星放送視聴禁止の布告が出されました。イラクでは衛星放送が見られないということはテレビが見られないということです。「邪悪な情報を流布する機器なので使ってはならない」とされ、各家庭は受信チューナーやパラボラアンテナの供出を求められました。

外の世界から遮断されることは私には耐えられませんでした。ISに見つからぬよう、アンテナや受信チューナーを隠して、密かに視聴を続けました。

ISは衛星放送視聴禁止の布告を出し、パラボラアンテナや受信チューナーの供出を住民に求めた。写真は宗教警察(ヒスバ)にアンテナを持ち寄る住民。(2016年・IS映像・モスル)

IS宗教警察(ヒスバ)の窓口に、住民が衛星放送受信チューナーを持ち寄る様子を伝える映像。左奥には山積みになった受信機器が見える。(2016年・IS映像・シリア)

ISが衛星放送視聴を禁止する布告文。「アッラーを冒涜する邪悪な情報を流布する衛星放送を認めない」とする内容。支配地域の町や村に張り出された。(2016年・IS映像)

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