◆放置される学校でのアスベスト被害

意見陳述で、かほるさんは、ときおり涙声になりながら、こう訴えた。

「一審では、設計図書の一部が提出されました。学園の校舎にアスベスト建材が使われていたことが少し明らかになりました。しかし、大部分の図面は提出されていません。提出された設計図書も、図面の通し番号から、大事な図面が抜かれていることも分かりました。アスベスト被害を否定したい学園にとって困るようなことが書いてあるのではないかと疑いました。夫が勤めていた当時は、危険なアスベストが職場にあったことを誰も知りませんでした。

夫の中皮腫の原因が学園でのアスベスト曝露であることを、何十年も後になって遺族が立証しなければならないのはあまりに酷で不条理です」

「夫は、学園の校舎の至る所にアスベストが使われていたことを知る由もなく、教師として、同僚から『教師ばか』と言われるほど生徒を人一倍愛し、授業やクラブ活動などに一生懸命に取り組んできました。その誠実な生き方をかえりみると、夫にとって教師は天職だったと思います。でも、その学園で使われたアスベストが原因で、夫は不治の病に斃れました。できることなら主人を返してほしいです」

そう言って声を詰まらせた。その後、ふり絞るように続けた。

「高等裁判所におかれては、学園でのアスベストの使用状況について事実調べをしていただき、夫の中皮腫の原因が学園でのアスベスト曝露にあることを認定していただくことを心からお願いいたします」

建物に吹き付けアスベストがあっただけで中皮腫などを発症する。それほどアスベストは危険なものだ。そうして被害を受けた人びとの間にはわずか2カ月の曝露であっさり労災認定される場合がある一方、単純に吹き付けアスベストの下にいたというだけでは認定されない宇田川さんのようなケースもある。

筆者が最初に宇田川さんの件を記事にしたのは10年近く前の2008年11月のことだ(拙稿「安全なはずの学校が危ない! 隠蔽される教員の健康被害」『週刊ダイヤモンド』2008年11月29日号)。当時、中皮腫・じん肺・アスベストセンターの永倉冬史事務局長の次のような指摘を取り上げた。

「学校がアスベスト曝露職場なのは間違いありません。とくに教職員は生徒よりもずっと長い時間を学校で過ごすから、曝露がそれだけ多い。にもかかわらず認定しないのは、学校におけるアスベスト被害を隠ぺいしようという意志が働いているとしか思えません」

「教員のアスベスト被害を認めたら、生徒の被害が問題となる。そこへの配慮があるのではないか」

当時教員の救済法での認定者数は61人。しかも労災認定を受けたのはゼロだった。すでに述べたように現在では救済法の認定者数は約3倍まで増え、労災・公務災害の認定は10人に満たないとはいえ、ゼロではなくなった。それでも、他業種に比べると露骨に認定されにくい状況は変わらない。

教員の被害が増え続ける一方、認定はされない不条理もまた変わらず続いている。その原因はやはり学校における生徒の被害を懸念したものであろう。【井部正之/アジアプレス】

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