長年続いた戦争は、国土や町を破壊し尽くしただけでなく、人びとの心にも深い傷をもたらしていた。写真は、米軍の空爆で破壊されたタリバンの戦車の残骸。(2002年2月撮影:アジアプレス)

女性たちの声をビデオに撮ろうと、美容サロンを訪れたことがある。でっぷりとした女性オーナーが現れ、言った。
「まずは300ドルをちょうだい。綺麗な女性を連れてきて、あなたの望むように答えさせるわ」

これまで取材に来た外国のテレビ局は、お金を払ってくれたのだという。
「タリバンが去って自由になった、と言うと記者は喜ぶ」
と彼女は言葉をつづけた。

私は戸惑った。
こんな経験は初めてだったからだ。
私は機材をかかえて、店を飛びだした。

私は取材をお金で買うことはしないが、取材をさせてもらった後に、お礼をしたい気持ちになったことはある。
これまで中東の紛争地、クルディスタンやレバノンなどで、私は取材をつづけてきた。取材に協力してくれた貧しい人びとにいくばくかの謝礼を申し出たこともある。

その私の「申し出」をあたりまえのものとして受け取る人もいたのは事実だ。
一方で、謝礼を断るばかりか、こんなものがほしくて取材に応じたのではない、と怒りだす人もいた。

「そんなことよりも私たちの苦しみを伝えてくれ」
かれらの闘いには独立運動や解放闘争という、誇りと大義があった。
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