ムポによると、コンクリートでできたこのタイプの門が、最近は人気があるとのこと。(カエリチャ・南アフリカ 2017年/Khayelitsha,South Africa 2017 撮影:岩崎有一)

まず、「ここにいる限り問題ない」ということ。「ここ」が、このバーを指すのか、カエリチャ全体を指しているのかはわからない。ただ、裏を返せば、「ここ」以外の場所では、安全を保証できないとも聞こえる。「自分と一緒にいれば、大丈夫」とも頻繁に言われたが、大丈夫ではない人もいるのだから、気をつけなさいと言われているようにも感じられた。そして誰もが、「問題ない」「安全だ」と繰り返す。

タウンシップに暮らす人々は、白人や外国人がタウンシップを近寄り難いものだと感じていることを、よく知っている。タウンシップのすべてが安全だと断言できるわけではないことも、よくわかっている。

幼稚園の園庭。広い。(カエリチャ・南アフリカ 2017年/Khayelitsha,South Africa 2017 撮影:岩崎有一)

でも、少なくともここでは恐ろしい事態は起こり難く、他人のことは知らずとも自分に限っては、あなたがトラブルに遭うことを望んではいない。せっかくここまで来たのだから、この場ではこの瞬間を安心して楽しんで欲しい。「ここで自分と一緒にいる限りは、問題ない」と繰り返されるたび、私はそう言われているように感じた。

かつてバーだった場所が、廃墟となっていた。カエリチャに限らず、以前は生演奏を聴けるバーがタウンシップにたくさんあったが、さらなる稼ぎを求めて、いずれもケープタウン市内に場所を移してしまったらしい。(カエリチャ・南アフリカ 2017年/Khayelitsha,South Africa 2017 撮影:岩崎有一)

珍しいアジア人の来訪者がこの地域に滞在していることなど、あっという間に知れ渡っていただろう。そしておそらく、そのアジア人がいつも持つカバンの中には、太いレンズのついた大きなカメラが入っていたことにも、気づいていたのだろうと思う。私を襲い金品を奪うなぞ、その気になればたやすいことだ。それでも、「ここで彼らと一緒にいる限り」は、何も問題は起こらなかった。カエリチャは、控えめな賑やかさのある、ごく普通の住宅街のひとつだった。
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