黄海北道の沙里院市郊外の託児所。「敬愛する父金正日将軍様ありがとうございます」の標語が見える。個人崇拝教育の場でもある。2007年10月にリ・ジュン撮影(アジアプレス)

◆流行する私的保育

北朝鮮の地方都市の財政難が深刻化し、国の託児所や幼稚園の運営が危機に陥っている。給食や間食を出せないどころか、保護者にコメやお金を要求する有様で、子供を託児所、幼稚園に送るのを嫌って近隣住民にお金を払って預ける「異変」が発生している。この「秩序逸脱行為」に慌てた当局は統制に乗り出したという。7月下旬に、北部の両江道(リャンガンド)に住むアジアプレスの取材協力者が伝えてきた。 (カン·ジウォン/ハン·ハユ

◆度を越した「税外負担」

両江道では現在、託児所に給食、間食用の食糧が供給されない状態が続いている。財政難のためだ。当局は、本来無償だった託児所の費用を親に負担させている。

「(託児所は)親に果物や間食を別途に持ってこさせながら、6月には1世帯当たりコメを3キロずつ出せと要求したそうだ」と、取材協力者は「税外負担」の現状について説明する。この種の規定にない負担の強要を、北朝鮮では「税外負担」と呼ぶ。

託児所、幼稚園から求められる「税外負担」が過重になり、親たちは近隣の住民にお金を払って子供の保育を頼むようになったのだ。

◆有名無実化した無償保育

北朝鮮の託児所は、勤労女性が、幼稚園に行く前の4歳までの子供を預ける保育施設だ。幼稚園は5~6歳の児童に対する義務教育である。いずれも無償という建前になっている。歴代の北朝鮮政権は、この制度を社会主義の優越性宣伝の手段として活用してきたが、実際には「税外負担」は日常化しており、無償保育は事実上有名無実になっている。取材協力者は実情を次のように説明する。

「うちの近所の託児所は、19人程の子供が通っていたのに4人しか出て来ないそうです。それで託児所の責任者が恵山(ヘサン)市の党組織に出向いて、食糧とおやつの解決を要請しました。党では人民委員会(地方政府)で食糧供給をきちんと行い、親たちが子供を通わせられるようにせよと指示したのです」

職場に出勤したり商売に出たりして家を空ける母親の多くが、幼い子供を預けるなら、国の託児所ではなく近隣の人を選択しているというわけだ。それでは、近隣住民に保育を頼む場合、どれほどの出費になるのだろうか? 協力者が言葉を続ける。

「普通2~5歳の子供1人の面倒を見る場合、朝8時から夜7時までで4~7元程です(1元は約19円)。少し余裕のある人たちは保育を専門にやっている近所の住民に任せ、暮らしが厳しい家では家族や知り合いに預けるのです。託児所にはできるだけ行かせないそうです」

食べるために働かなくてはならない親たちは、私費を支払ってまで子供を預ける所を探しているわけだ。北朝鮮政権が誇ってきた保育施設の出席率が落ち込むのも無理はない。

◆慌てて取り締まりに乗り出した当局

当局はこのような逸脱行為を深刻に認識し、取り締まりに乗り出した。

「昨日(7月23日)、人民班会議がありました。子供を託児所、幼稚園に送らない問題について、人民班ごとに調査して(人民委員会に)報告しろ、住民たちが子供の面倒を見るのをやめさせろと言われました。ただ、そう伝えただけで、特に強く取り締まるようなことはなさそうです」
※人民班とは最末端の行政組織のこと。地区ごとに20~30世帯程で構成される。

託児所、幼稚園は、北朝鮮式の統治の特色である「集団主義」、「組織生活」のスタートラインだ。この重要な制度からの離脱が相次いでいることは、当局を慌てさせたに違いない。

しかし、施設で給食が実施されて「税外負担」がなくならない限り、当局がいくら強い指示を出したところで、国の託児所と幼稚園を忌避する傾向は続くだろう。

※アジアプレスでは中国の携帯電話を北朝鮮に搬入して連絡を取り合っている。

北朝鮮地図 制作アジアプレス

 

 

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