今はなき東京―テヘラン直行便の機内にて、客室乗務員に抱きかかえられる息子。この後、おもちゃやジュースなどを頂く。(撮影筆者/2008年)

今はなき東京―テヘラン直行便の機内にて、客室乗務員に抱きかかえられる息子。この後、おもちゃやジュースなどを頂く。(撮影筆者/2008年)

妻子の到着 新たなイラン生活の始まり

アパートが決まり、妻子のビザと航空券が発給される見通しがついたのは、イラン正月ノウルーズの長い休みが明けた4月上旬のことだった。

アパートは、かつて暮らしたシャフララ地区で見つけた築30年ほどの3階建て物件だ。部屋はその最上階にあり、1階には食器など生活雑貨を売る店と弁当屋が入っている。

アパートの目の前には、小道一本挟んでシャフララ公園が広がる。中央に大きな池を配したこの公園には、幼児向け遊具から大人向け体操器具、卓球台も あり、一日中チェスに興じる人びとが集う一角もあれば、ウォーキングに励む中年女性たちもいる。アイスクリームや焼きトウモロコシ、チャイの売り子もい て、早朝から深夜まで人が絶えない賑やかで見通しの良い公園だ。
妻と二人のときにはそれほどこの公園を訪れたことはなかったが、子どもが出来て公園が重要になるのは日本もイランも変わりがない。そんな公園がアパートの眼下に広がるという素晴らしい立地だった。

5月、息子が1歳の誕生日を迎える直前、私は約3カ月ぶりに日本に帰国した。そして3日間の滞在後、妻と息子を連れて成田に向かった。

イラン人で埋まったイラン航空機の機内は、すでにイランそのものだ。息子が座席越しに後ろの乗客に笑いかけると、どれこっちへおいでと息子を抱き上 げ、あやしてくれる。少しして後ろの座席を覗き込むと、すでに息子の姿はなく、少し離れた乗客のひざの上にいる。そのままバケツリレーのように息子はあち こちへ手渡され、一向に戻ってくる気配がない。しまいには妻が取り戻しに行ったが、戻ってきたのも束の間、今度は乗務員が息子をひょいと抱きかかえ、乗務 員用スペースに連れ去ってしまった。

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