不正が疑われた2009年イラン大統領選挙の開票から約2週間後、10パーセントの票の再集計が行われた。結果はアフマディネジャード大統領(当時)の再選を追認するものだった(再集計の様子を報じるイラン国営放送)

不正が疑われた2009年イラン大統領選挙の開票から約2週間後、10パーセントの票の再集計が行われた。結果はアフマディネジャード大統領(当時)の再選を追認するものだった(再集計の様子を報じるイラン国営放送)

◆絶たれた希望
2009年6月15日に首都テヘランで数十万人規模の抗議デモが行われた際、デモ行進の舞台となったアーザーディー通りの各所では、学生と思しき若者たちが、「次のデモは土曜日に!」と道行く人々に口頭で伝えていた。

ネットもSNSも遮断されている中では、口伝えという原初的な方法に頼るしかないのだろうが、イラン・イスラム革命をはじめ世界の革命と呼ばれる革命は、きっとこんなふうに街頭で情報が広められたのだろう。

次の土曜日とは6月20日のことである。その前日の19日には、最高指導者のハーメネイー師が説教師を務めるテヘラン金曜礼拝がひかえていた。

改革派のムーサヴィーやキャッルービーを支持する人々は、この金曜礼拝に一縷の望みを託していた。普段、金曜礼拝の説教などには見向きもしない人たちまで、この日の説教だけはテレビに噛り付くようにして見た。自分たちが危険をおかして1週間続けてきた抗議運動について、最高指導者が何かしらの英断を下してくれるのではないかと期待して。

しかし、その期待はあっけなく裏切られた。ハーメネイー師の口からは、再選挙は有り得ないこと、自身がアフマディネジャードを支持していること、そして、これ以上の抗議運動には重い代償が伴うという、デモ終結への最後通牒が述べられただけだった。

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〔2009年イラン大統領選挙とその後の騒乱〕
改革派のムーサヴィー候補を破って現職のアフマディネジャード大統領が再選を決めたこの選挙では、大統領側の不正が疑われ、改革派候補とその支持者らによる大規模な抗議デモが発生した。その後、政府による弾圧は苛烈さを増し、抗議運動も先鋭化してゆく。

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