8 《民衆の心理》

『我々の究極のゴールは、すべてのイスラム規定が固く守られるイスラム政権を樹立することです』

アフマディネジャード候補は選挙戦のさなか、ひたすらイスラムの価値、イスラム革命の理念を説き続けた。曰く、『イスラムは完全な宗教である』『イスラムこそが真実の繁栄を導く』『イスラム政府の義務は正義の確立』……。具体性に乏しかったが、正義と平等というメッセージは、貧困層の胸にダイレクトに届いていたのかもしれない。特に記憶に残ったのは、『人は貧困には耐えられるが、差別と不公平には耐えられない』という言葉だ。

26年前のイラン・イスラム革命は、もともとは王制打倒が民衆の目的であり、イスラム政権樹立は革命後の権力闘争の産物だと言われる。当時はオイルショックによって産油国イランに未曾有の好景気が訪れていた。社会は急速に財を成してゆく者と、その機会すら与えられない大多数の貧困層とに二分された。貧困層は、時代に取り残される孤独と、アメリカからもたらされる俗悪な文化への敵意、そして自分たちの伝統と文化が失われてゆく不安を募らせ、革命へのエネルギーへと昇華させていったのだ。

テヘラン中心街ハフテ・ティール広場そばのアフマディネジャード選挙本部を訪ねてみた。喪服のように上下黒で固めた男達に混じって僧侶の出入りも激しい。テヘラン州の選挙対策責任者レザー・ハー氏が答えてくれた。

「これまでの政府は石油やガスの売買だけに熱心で、それによって潤うのはわずか2500人程度の関係者にすぎなかった。アフマディネジャードの政府は全人口7000万人のための、民衆の政府なのです。石油やガスは神からの贈り物なので、すべての国民にその利益を還元しなければなりません」

―どのように還元するのですか?

「例えば、国民がいま必要としているものをよく検討し、そこに投資します。特に、若者が抱える諸問題の解決が先決です。一例ですが、イランには5100万ヘクタールの耕作可能な土地がありますが、実際に開墾されているのはわずか900万ヘクタールにすぎません。残り80パーセントにあたる4200万ヘクタールを開墾する事業に石油収入と無職の若者を投入するという案もあります」

これまで一次投票でアフマディネジャード氏に投票したという若者に会うと、必ず「アフマディネジャードはどんな人?」と私は訊いた。返ってくる答えは決まって次のようなものだった。

「いい人さ。テヘラン市長なのに生活は質素で、家も下町にあって小さくて、僕らと変わらない生活をしている。お昼ご飯はいつもお弁当を自宅から持ってくるんだ」

下町の宗教的な家庭で育った子供たちでなく、繁華街でたむろして、女の子が通るたびに冷やかしているような悪がきでさえこう答える。
アフマディネジャード候補は「民衆」の心をうまく捕らえていた。
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