107人が亡くなり、562人が負傷した兵庫県尼崎市のJR福知山線脱線事故で、神戸地裁は9月27日、業務上過失致死傷罪で強制起訴されたJR西日本の井手正敬元会長(78)ら歴代社長3人に無罪を言い渡した。鉄道事故をめぐって企業トップの刑事責任が問われたが、宮崎英一裁判長は「脱線転覆の危険性を予見できたとは認められない」と、刑事責任はないと判断した。判決から10日後、検察官役の指定弁護士が控訴した。(矢野 宏 新聞うずみ火)

神戸地裁。9月27日、JR福知山線脱線事故で、業務上過失致死罪で強制起訴された歴代3社長に無罪判決が言い渡された。(撮影:矢野宏)

◆JR西日本歴代3社長に無罪判決 遺族の思い届かず
事故が発生したのは2005年4月25日。大阪行きの快速列車が制限速度を超えて急カーブに進入し、脱線した。国土交通省航空鉄道事故調査委員会の最終報告書は、事故の直接の原因は運転士のブレーキ操作の遅れにあるとしながらも、事故現場に自動列車停止装置(ATS)を整備していれば事故は防ぐことができたと指摘。さらに「懲罰的な日勤教育などの企業体質が事故につながった可能性がある」とも報告している。

日勤教育とは勤務中にミスを犯した職員を業務から外し、同じミスを起こさないように行う指導のこと。JR西日本では本来の再教育ではなく、罵倒したり、一日中反省文を書かせたりするなどの懲罰的な指導が行われ、自殺者も出ている。

この事故で兵庫県警はJR西日本の幹部ら10人を書類送検した。だが、神戸地検が業務上過失致死傷罪で在宅起訴したのは、現場を急カーブに付け替えたときの鉄道本部長だった山崎正夫元社長(70)一人。3人の歴代社長については起訴を見送った。

遺族は「利益を追求するあまり、安全対策をおろそかにした経営陣の姿勢が事故につながったのではないのか」と、企業体質を作った歴代社長の3人を検察審査会に訴えた。検察審での2度の議決を受けて指定弁護士が強制起訴したのは10年4月のこと。

だが、初公判の半年前の12年1月には山崎元社長の無罪が確定したことから、「山崎元社長よりも現場から遠い3人の刑事責任を問うのは難しいのではないか」と見られていた。
公判の争点は、3人が現場カーブの危険性を認識し、ATS整備を指示する義務があったのかどうか。歴代3社長は「事故当時、急カーブはJR西日本管内に4600カ所あまりあり、巨大組織の経営者が危険性に気づくのは不可能だった」「ATS整備も法令上義務づけられていなかった」などと述べ、過失責任を全面的に否定した。

公判では、遺族も被害者参加制度を利用して被告人質問に臨んだ。事故後、初めて顔を合わせる井手被告に対し、遺族が「運転士だけが悪いと思っていないか」と問いかけると、井手被告は「会社を辞めて責任を取った。後は会社が考えることだ」と述べた。さらに、日勤教育についても再教育のために必要と主張した上で、「担当者に任せていたから内容は知らない」と述べたほか、安全対策についても「最大限の努力をしてきた」と言い切った。

検察官役の指定弁護士側は、現場を急カーブに付け替えた工事に際し、「危険性を容易に認識できたのにATS整備を怠った」として3被告に禁錮3年を求刑したが、またしても企業責任は問われなかった。
宮崎裁判長は判決を言い渡したあと、こうも言い添えた。「誰一人、刑事責任を問われることがないのはおかしいと思われるのはもっともだが、会社の代表とはいえ、社長個人の刑事責任を追及するには、厳格に検討しなければならない」

脱線事故で一人娘を亡くした藤崎光子さん(73)は「判決後の言葉は裁判所の記録にも残らないので意味がない。言い訳にしか聞こえなかった」と指摘し、「私たちは3人を有罪にしたいのではなく、運転士がなぜスピードを出したのか、事故が起きた背景には何があったのかを知りたいのです。私たちの意見陳述が判決文に反映されなかったのは残念です」と述べた。

次男が事故で大ケガを負った西尾裕美さん(54)も「公判で3人が述べた『予見するのは不可能』とか、『カーブで脱線は考えられない』『日勤教育も知らない』という言い分をそのまま取り入れた判決文で、悔しい。多くの被害者を出した事故に対して司法の判断をあおいだが、人権の最後の砦である裁判所がこんな判断を下すとは信じられない」と語った。

判決の翌28日、JR西日本労働組合が尼崎市内で開いた判決を考える集会で、明石歩道橋事故で当時の明石署副署長を強制起訴した裁判で検察官役を務める安原浩弁護士が、「ATS整備について『他がやっていないから、うちはしなくもいいんだ』という考え方でいいのか。危険個所はないのか注意を払い、あれば対策を考えるのが経営者ではないのか。

この判決だと、怠惰な経営者ほど責任追及ができない結果とならないか」と指摘した。
さらに、安原弁護士は「過失犯では個人の責任しか追及できず、法人の罪は問えないなど、現行の刑法に限界がある」と述べ、英国で2008年に導入された「法人故殺罪法」について説明した。注意を怠って死亡事故を起こした法人に刑事責任を問い、罰金を科す法律で、英国では企業が安全対策への投資を増やすようになったという。

東京電力福島第一原発事故の例を引くまでもなく、大企業ほど経営陣の責任を問うことは難しい。処罰よりも原因究明を優先すべきだという声もあるが、安全管理責任をより確かにするためにも、法人処罰を導入する時期に来ているのではないだろうか。
【矢野 宏 新聞うずみ火】

★新着記事