◆事業者がいう「工事は完璧」はデタラメ

では「呼吸する現場」への対策はどのようにすればよいのか。

コンサルタントによれば、「現場が呼吸する原因を断つ」ことだという。送風ダクトを鉄板や板などで完全にふさいだうえで、前室の手前に空気の緩衝帯となる ような別の前室を設置する、あるいは"呼吸"する空気の流れを隔離養生には影響しないよう確保するなど、いくつか手法があるのだそうだ。具体的な方法につ いては細かな注意事項がさまざまあるらしく、ちょっと聞きかじった程度でこれ以上の記載をして、不正確な内容を伝えることは控えたい。

すでに述べたように、2人のコンサルタントは(1)負圧除じん機の管理不足、(2)除去現場への空気の供給元の選定ミス、(3)工事における空気の 流れの構成ミス、(4)電車による圧力変動への対応不足、と4つの施工ミスあるいは対策の不十分さが今回の漏えい事故を引き起こした原因ではないかと指摘 した。

いずれも現状で明らかになっている事実関係からの推測にすぎず、断定的なことまではいえない。だが、現状分析だけでも、これだけの問題点を挙げることができるのだ。

「工事は完璧だった」との事業者の主張がいかにデタラメだったのかおわかりいただけたと思う。また今回の分析のもとになったのはほとんどが行政情報 である。特に(2)から(4)については工事の届け出があった段階で、市環境局と名古屋東労働基準監督署は把握できたはずなのだ。監視・指導を担う同市環 境局と名古屋東労働基準監督署の知識と分析能力のなさ、届け出時の指導不足も明らかといえよう。

実際の事故原因については、ようやく始まったという市交通局委託による原因究明業務で明らかにされるはずだが、今回の現状分析の域を出ない内容では わざわざ委託までした意味がない。きちんと負圧除じん機の状態や空気の流れなども確認し、事故原因を確定しうる精度の高さが必要だろう。そのうえで改めて 適正な工事を求めたい。

コンサルタントの1人は「業者を責めるつもりはない。たしかに業者に実力はなかったのでしょうが、じゃあ、どれだけの業者がこうした現場できちんとした工事をできるかといったら数えるほどしかいないですよ」とも指摘する。

今回の事故についてはたしかに単純に事業者だけを断罪すればよいという話ではない。アスベスト除去工事に必須の機器の管理方法すら知らないという現状はこの事業者だけの問題ではない。

市交通局がアスベスト除去工事の経験すら発注条件に入れていなかったことをはじめ、監視・指導を担う市環境局や労働基準監督署の対応不足があったこ とも忘れてはならない。工事を実施する除去業者も、監視・指導をする行政もアスベスト除去工事についてきちんとわかっていなかったり、きちんと対応できる 体制がなかったりすることこそが問題なのだ。

そこには当然、国の規制やマニュアル、講習体制の不備もあろう。たとえば、今回紹介したスモークテスターとデジタル粉じん計を使った負圧除じん機の 管理方法はこれまで環境省や厚労省のマニュアルには記載されていない。また現在改訂中の環境省マニュアルにおいても、的外れな内容となっているとコンサル タントの1人から聞いている。

名古屋市交通局によれば、まもなく駅利用者の健康リスクについて調べる学識経験者らによる検討会も開催されるという。ぜひこの検討会では単純な健康 影響の評価にとどまることなく、発注者や規制当局の対応や今回の事故を生じさせた社会的要因についてもあわせて検証してもらいたい。そのうえで、今後の対 策に何が必要なのかをきちんと洗い出し、同じことが繰り返される現状を変える一歩にしてほしいものだ。
~おわり~
【井部正之】

※初出「独自情報を基に専門家による原因究明を敢行 名古屋市地下鉄アスベスト飛散事故の真因」『ダイヤモンド・オンライン』2014年3月26日掲載に一部加筆・修正

 

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