◆ "産業優先"の判決

むしろ基本的な考え方が変わったことが大きい。それは判決に目を通せばすぐに気がつく。

高裁判決における考え方の転換でもっとも特徴的なのは、有害物質の規制において禁止措置や許可制の導入は〈工業技術の発達や産業社会の発展を著しく阻害〉すると"産業優先"の考え方を明確にしていることだ。

これを反映して判決は、アスベストの使用禁止や製造時の許可制の導入においては、製品の製造や加工などの工程で発生が懸念される労働者の健康被害の 危険の重大性、周辺の生活環境への悪影響の程度のほか、その防止方法の有無などを〈多角的な見地から総合的に判断することが要求されるものであり、そのよ うな規制を実行するにあたっては、対立する利害関係の調整を図ったり、他の産業分野に対する影響を考慮することも現実問題として避けられない場合があるこ とは否定しがたい〉と述べる。

そして、そのような判断は健康被害の実態や医学的知見、健康被害を防止するための技術的知見の進展、さらにはアスベストの〈社会的必要性及び工業的 有用性の評価〉や〈代替可能な他の工業製品ないし産業技術の開発その他社会情勢〉などによってつねに変化するとした。規制の実施はそうした様々な要件を考 慮し、総合的に判断するべきで、規制の時期や内容は労働大臣の〈その時々の高度に専門的かつ裁量的な判断に委ねられている〉と国側の裁量権をきわめて大き いものと捉えた。

高裁判決はこうした立場から、〈権限の不行使がその許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときに限り違法〉と国賠の成立条件を厳しくした。

要するに、国はアスベストの「社会的有用性」と「労働者の健康被害の危険の重大性」や被害規模を天秤にかけて規制の実施を決めればよいとの考えだ。

しかも使用禁止や許可制の導入は、「工業技術の発達や産業社会の発展を著しく阻害」しないよう、被害の防止方法や代替製品が存在し、アスベスト産業 やそのほかの利害関係者との調整ができる場合に限って実施すればよい、というわけだ。国にとってじつに都合のよい考え方といえよう。

8月29日に都内で開かれた抗議集会で原告側弁護団副団長の村松昭夫弁護士が「経済発展を最優先するということを露骨に示している判決。判決のいたるところにそのことが表れている」と批判していたのもうなずける。

つづく

※拙稿「「悪魔の判決」と批判される泉南アスベスト訴訟高裁判決の本当の意味【上】」『ECOJAPAN』日経BP社、2011年12月16日掲載を一部修正

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