◆誰が為の実態調査か?

そうした国側の意図をより強く感じさせた議論が検討会でもあった。

アスベスト関連疾患の被害者が生活する上で、どのような場合に日常生活に悪影響を受けているかとの設問がきちんと設定されていないとして長松委員が意見書を提出したのに、具体的な審議はされず、いきなり環境省が不要との結論を突きつけたのだ。ちなみに意見書は取材者や傍聴者には配布もされていない。

だが、古川和子委員(石綿対策全国連絡会議会員)は「どんな弊害が起こっているかが(質問項目に)ない。ぜひ入れていただきたい」と指摘し、祖父江委員長も「症状に関しての質問がない」と同意した。

ところが、同省は「今回の(調査の)目的は療養状況を把握するということでしたので、認定者の身体の状況、入通院の費用などに限定させていただいた。生活状況全般まで聞くということは今回の報告書では取り上げないのでこうさせていただいている」と拒否した。

アンケート調査は現在の救済制度における療養手当で足りていないところが何かを探るものだ。当然聞くべき話のはずであろう。ところが、国はそれをはっきり拒否した。このあたりに環境省の考える「実態調査」のありようが透けてみえる。

長松委員は「認定疾患になったことで経済的困難におちいったかどうかは聞かないと。本当に患者さんが困っていることを聞くのかというのと(国が聞きたいことを聞くだけなのかと)どっちが本当に調査の目的かと投げかけたい」と改めて指摘し、「せめて1問、経済的困難におちいったかどうかというのは主観的に聞いていただきたい」と要望した。

被害者団体「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」会長でもある古川委員も「ぜひ入れていただきたい。身体上だけでなく、経済的なことも影響しているのは検討会の先生方はご理解いただいていると思う。せっかくここまで調査をするのであれば、この質問1ついれることで調査の深みも出る」と同意した。

それでも環境省が拒否したのには驚かされた。

同省石綿健康被害対策室の高城亮室長は「実態はしっかり把握すべきということで、通院の諸経費や介護費用を実態調査で細かくみていく。介護の部分がきちっとみれているか。通院費が適正かそれもみてなかった。それを調べた上で対応していく」と説明。

その上で「幅広く、ご指摘にあったように、経済的に困窮したか、おちいったかどうか。主観的に5段階でというより、今回はきちっと、費用を客観的に把握するというのがメイン。5段階でざくっと経済的に困難とすると、どうしても主観が入ってくるので、私たちの調査にいれるのは、はなはだ困難ではないかと思います」と反論した。

しかし、客観的と言いつつも基本的にアンケートでの回答は支払いの領収書のコピーなど裏付けを求めるわけでもなく、もともと主観的なものだ。にもかかわらず、中皮腫などの病気になって経済的に苦しくなったかどうかというきわめて基本的な質問をしないのはそうした不満を聞くつもりがないとしか理解のしようがない。

自身も夫をアスベスト被害で亡くした遺族で、被害者の支援を続ける古川委員はこう訴えた。

「中皮腫になって、(片方の肺をすべて切除する)全摘を勧められたけど、(体力が落ちて)仕事ができなくなるから、一部切除して、仕事を続けた人を何人も知っています。それは生活が困窮するから、転移のリスクを残しながら働いているんです。そういう人は(通院する)病院の数も少なくなる。それはなぜか。生活の負担があるからなんです。治療できる方はまだ恵まれているんです。できない方がおられるんです。仕事しなきゃいけないから。療養手当の10万円じゃ足らないから。その思いをどこかに設問として入れてほしい」

だが、同省や上月委員らは反対し続けた。最終的には事務局が環境省や祖父江委員長と確認して決めることになった。アンケートの最後に制度に対する意見などを自由に記載する欄があり、そこに療養生活、就労と経済的問題などについて書いてもらうよう促す記載とするとの対案も出されており、そのいずれとなるかは同省しだいといってよい。

現状では制度に対する不満が明らかになるような聞きかたはせず、さらに質問内容を絞ることで「幅広く」意見を募ることを事実上を拒否しているといわざるを得ない。

いったい誰のための実態調査なのか。現状では国にとって都合のよい結果を集めるため偏見に満ちた調査としか理解のしようがあるまい。そんないい加減な調査に税金を投入するのはいかがなものか。(井部正之/アジアプレス)

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