大正の頃の釜山港。関釜連絡船・昌慶丸が停泊している(当時の絵葉書。所蔵:国際日本文化研究センター)

 

◆被害者の精神的殺害

帰還した朝鮮人たちから聞き取りをした報告書がある。朝鮮総督府がまとめたものだ。

「無判別の虐殺が行われたり(中略)朝鮮人という三字がその因を為したるものにして、何と云っても個人的にあらずして民族対民族の行為なり」

「正当防衛なりと弁護するものあるも、これは全く世人を瞞着し、殊に朝鮮人を馬鹿にする言なり。(中略)朝鮮人の生命は蝿よりもなお軽かりしことを回顧すれば事自ずから明らかなるものあり」

「竹槍鳶口等を以て野犬撲殺同様の光景を目の前に見せられたる以上、苟(いやしく)も人心を具備するものなれば悪寒の起るを禁じ得ざる」

(「避難民及び地方民の感想報告」、渡辺延志『歴史認識 日韓の溝』より引用)

いわれなき迫害により生命の危機にさらされた体験が、被害者である在日朝鮮人の心に深い傷を与えた。次のような指摘もある。

「官憲及び知識階級に於ては朝鮮人の惨殺されたるもの少数なりと弁ずるもの多し。然(しか)れども我々は被害者の多寡を問わんとするものにあらず。」(同)

虐殺を逃れ生命の危機から脱した者たちもいるが、それは「僥倖に過ぎざるのみ」(同)という。なぜなら、

「東京附近在留の朝鮮人は日本人の精神的に於ては更に全部殺されたものなればなり」(同)

日本人は、全ての朝鮮人を精神的に殺してしまった。その時、生きのびた朝鮮人の精神もまた殺されたのである。(敬称略 続く 13

劉 永昇(りゅう・えいしょう) 「風媒社」編集長。雑誌『追伸』同人。1963年、名古屋市生まれの在日コリアン3世。早稲田大学卒。雑誌編集者、フリー編集者を経て95年に同社へ。98年より現職。著作に『日本を滅ぼす原発大災害』(共著)など。

※次回は2月7日に掲載します。

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