7つの「S」で始まるものに加え、様々な縁起物が卓上を彩るノウルーズの飾りつけ「ハフトスィーン」(撮影筆者)

7つの「S」で始まるものに加え、様々な縁起物が卓上を彩るノウルーズの飾りつけ「ハフトスィーン」(撮影筆者)

 

◆ オバマ大統領からのメッセージ

2009年3月20日、イランは春分をもって新年を迎えた。テヘランでは市街のあちこちで花火が上がり、イラン正月ノウルーズの始まりが宣言され た。春の始まりを生命の再生と捉え、春分を新たな年の始まりとして祝うノウルーズは、イスラム以前からのイラン土着の習慣であり、ノウルーズの伝統は中東 から中央アジアにかけて今も広く残っている。

イラン人は、このノウルーズの伝統と、それが近隣諸国に今なお受け継がれていることを、世界帝国を築いたペルシャの末裔として大変誇りに思っている。それ をもちろん知ってのことだろう、ノウルーズのこの日、就任後まもないアメリカのオバマ大統領が、イランの政府と国民に向けて、両国の和解を呼びかけるビデ オメッセージをネット上に公開した。そのタイミングも内容も、イラン人のプライドを大いにくすぐるものだった。

『世界の至るところでノウルーズを祝っているすべての人々にとって、今日が良き日でありますように』
『ノウルーズはあなた方のよく知られた偉大な文化のほんの一部に過ぎず、歴史を通して、あなた方の芸術、音楽、文学、創造は、世界をより素晴らしく、美しい場所へと変えてきた』
『あなた方が偉大な文明の保持者であり、あなた方が生み出してきたものは、合衆国と世界の尊敬を喚起してやまない』

イラン人の耳に心地よいフレーズがこれでもかと続いた後、オバマ大統領からの新年のメッセージは、本筋に入る。

『30年に渡り、我々両国の関係は緊張にさらされてきたが、そろそろ互いの人間性を持ち寄り、手を取り合うべき時が来た』

そしてこれを境に両国にとって新時代を切り開こうではないかと続く。

これまでアメリカ政府は、イラン国民に民主化(つまり蜂起)を呼びかけることはあっても、イラン政府に和解を呼びかけたことは一度も無かった。イラ ンで合法的に政治活動を行なう改革派にさえ支持を表明したことはない。つまりこのビデオメッセージは、アメリカが、イランの現体制を磐石なものと見なし、 もはや体制転覆など起こりえないということを理解したこと、そして、イランの現体制指導部を交渉相手として初めて認めたことを意味している。

革命後30年を経て、いよいよイランに新時代が到来するのかと、私は少々熱くなった。アメリカとの関係が改善すれば、イランの国際社会での立ち位置は大きく変化する。国内の人権状況の改善と民主化も自ずと進むことになるだろう。

翌日、イラン暦元旦に当たる21日、イラン東部の聖地マシュハドで行なわれた最高指導者ハーメネイー師の新年祝賀演説で、前日のオバマ大統領のメッセージに対する公式な回答が、最高指導者の口から発せられた。
それは、「言葉だけなら何とでも言える」、「本当にアメリカが変わったのなら、行動で証明して見せろ」という手厳しいものだった。

イラン・イラク戦争でのサッダーム・フセイン政権への支援、イランの在外資産の凍結、1988年の乗客290名を乗せたイラン航空機撃墜、イランの反体制 テロ組織への支援、クリントン政権以来続くイラン制裁法、その他、数知れない敵対行為とイランの発展への妨害、そして、ブッシュ政権以来、イランを「悪の 枢軸」、「テロ支援国家」として侮辱してきたことについて触れ、アメリカは一体何を改めたのかと非難した。
実際、オバマ大統領は、イランに年間4千万ドル以上の投資を行なった企業にアメリカ国内で制裁を課す『イラン自由支援法』を、わずか1週間前に期限延長したばかりである。

オバマ大統領はビデオメッセージの中で、「合衆国は、イランに国際社会の中で自らにふさわしい地位を築いてほしいし、イランにはそうする権利がある と考えるが、この権利は実質的な責任を伴うものであり、テロ(への支援)や武力(核兵器)を介してこうした地位を手に入れるべきではなく、イランの国家と 文明の真の偉大さを示すものは平和的な行動である」と述べており、これを読む限りでは、オバマ大統領が、イランを悪の枢軸と呼んだブッシュ政権と基本的に はそれほど変わらぬスタンスを維持していると見られても仕方がない。

イランの体制指導部は、革命後30年間、常にアメリカの時の政権と対峙し、アメリカという国を見続けてきた。イラン国民もまた、毎年のように「今年 こそ(アメリカのお墨付きを得た)イスラエルがイランの核施設を空爆するだろう」というまことしやかな噂を耳にしながら暮らしている。世界唯一の超大国が いつ攻めてくるか分からないという信じがたい日常がこの国にはある。外国人の私ですら、イランにいるとアメリカという国の威圧感を感じずにはいられないほ どだ。

それに比べ、オバマ大統領は一体どれほどイランという国と向き合ってきたのか。大統領に当選してみたら、イランとの関係改善が望ましい政策だと気付 いたのだろう。アメリカにとっては単なる外交政策の転換なのだろうが、イラン人にとって対米関係の転換は、心に関わる問題だ。30年の重み、長年の確執、 それらすべてを抱きかかえてきたイランの指導部の心を動かすには、目に見える行動を一つ一つ示してゆく以外にないだろう。

とはいえ、アメリカはなぜこのようなメッセージを、イラン大統領選挙が3カ月後に迫ったこの時期に送りつけてきたのだろう。体制指導部に対して、強 硬派であるアフマディネジャード大統領の再選を阻み、もっと柔軟な人物を大統領に据えるよう促す意図があるのだろうか。これまでの慣習から見て、アフマ ディネジャードがたった一期で大統領職を退くとは考えづらい。

果たしてアメリカはさらにイランに歩み寄るのだろうか。イラン政府はそれにどう応じるのか。イラン国民は選挙でどう動くのか。何か得体の知れない大 きな変革の時期が目の前に迫ってきているような気がする。それをこの目で見て、体験できるかもしれないと思うと、私は胸の奥からふつふつと湧き上がる期待 感を抑えることができなかった。

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