●「奇跡の鉱物」が「悪魔の鉱物」に
こうした問題を考えるにあたって、アスベストの問題をもう少し俯瞰(ふかん)したうえで、どのような「自衛」をする必要があるのか考えてみよう。

アスベストをめぐる問題は、
(1)アスベストによる健康被害
(2)既存するアスベスト(既存石綿)の飛散の問題
(3)アスベストの新規使用の問題
の3つがある。

(1)のアスベストによる健康被害の問題については、2005年6月末、兵庫県尼崎市の旧クボタ工場周辺で住民の中皮腫被害が相次いだ「クボタショック」以来、とくにアスベストによって引き起こされる特殊ながん、中皮腫の存在は広く知られるようになった。だが、アスベストが引き起こす健康被害はこれだけではない。
それを説明する前に、アスベストとは何かをここでおさらいしよう。

アスベスト(石綿)とは、天然に産出される繊維状の鉱物だ。アスベスト繊維1本の直径は髪の毛の5000分の1ときわめて細い。耐熱性や耐摩耗性、断熱・防音性などの特性があり、しかも世界各地で大量に産出されるため安価だったこともあって、建設資材や工業製品などさまざまな分野で使用された。3000種類以上の製品があったといわれる。

アスベストは天然鉱物のため、古代からその存在は認識されていた。紀元前2000年以前にイタリアで発見され、古代エジプトではミイラを包む布として、ローマ時代のギリシャではランプの芯などに利用されたのがはじまりとされる。

鉱物なのに繊維状というのが大きな特徴で、布状に織ることができ、アスベストで織った布や服がつくられている。中国では紀元前の周の時代に火で洗える布「火浣布(かかんぷ)」が貢ぎ物として入ってきて珍重されたという。

800年に西ローマ皇帝を名乗ったカール大帝は、アスベストで織ったテーブルクロスを愛用して客をもてなし、汚れたテーブルクロスを暖炉にくべて汚れを落としてみせて客を驚かせたそうだ。1300年ごろ、マルコポーロが口述筆記させた『東方見聞録』でも火に焼けない鉱物「サラマンダーの皮」について触れており、これがアスベストではないかといわれている。

国内においては、日本最古の物語といわれ、平安時代に書かれたという『竹取物語』で、かぐや姫が求婚者を諦めさせるために出す無理難題の1つ、火にくべても燃えない「火鼠の皮衣」がアスベストで織った布のことだろうといわれている。この『竹取物語』は、日本の書物にアスベストのことが最初に記録された資料とされる。

江戸時代には発明家の平賀源内が秩父地方で産出したアスベストを使って「火浣布」をつくって実際に火にかざして汚れを落としてみせて、人びとを驚かせたという。日本におけるアスベストの利用はこれがはじまりとされている。
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