1945年3月の東京空襲で隅田川両岸は焼き尽くされた。(『アサヒグラフ』1975年3月号)

◆「嬉しそうな顔をしてはいけない」

虐殺研究の第一人者である琴秉洞は敗戦の日、叔父から、「嬉しそうな顔をしてはいけない」と言い聞かされた。

「関東大震災の時、日本人は何の罪もない朝鮮人を何千人も殺したんだ。吾々が、今すぐ独立するんだと、嬉しそうな顔をすると、倭奴(日本人)はきっと吾々に危害を加えるに違いない」(「関東大震災朝鮮人虐殺問題関係資料Ⅰ」「あとがき」)

こうした証言は史料の中にいくらでも見つけられる。

ごく最近ではDHCテレビジョン制作の「ニュース女子」番組内で中傷を受け提訴していた辛淑玉さんの勝訴判決記者会見があった。沖縄の米軍基地移転反対運動に関する虚偽報道の中で、同番組が辛淑玉さんへの名誉毀損を行ったことを東京地裁が認めたのである。

2021年、会見で辛さんは祖母の思い出を語った。東京で関東大震災を体験した辛さんの祖母は、「死ぬまで夢遊病のように鍋釜を持って、いつも寝たかと起き出して、眠りながら部屋の中をくるくる回り」続けた。あるとき「ばあちゃん、何の夢を見てるの?」と尋ねると、祖母は「日本人が追いかけてくるんだよ」と言った。

奇しくも勝訴判決が出たのは関東大震災の起きた9月1日であった。「私にとって関東大震災は歴史の一つではない」と辛淑玉さんは言う。(敬称略 続く 15

劉 永昇(りゅう・えいしょう)
「風媒社」編集長。雑誌『追伸』同人。1963年、名古屋市生まれの在日コリアン3世。早稲田大学卒。雑誌編集者、フリー編集者を経て95年に同社へ。98年より現職。著作に『日本を滅ぼす原発大災害』(共著)など。

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