自警団の使用した武器。日本刀、ライフル銃、手製のヤリ、釘付きの金棒などが見える。(牛込神楽坂警察署ニテ領置セル自警団員ノ戎兇器『大正大震火災誌』警視庁)

 

明治以後の日本はほぼ5年ごとに戦争や対外出兵を行ってきた。だが華々しい戦果の陰には大量の戦死者と傷病兵の存在があった。戦場体験のPTSDに苦しむ兵士の姿から、震災下で残虐行為を行った加害者の心理状態を読み解く。(劉永昇

◆「戦争神経症」とPTSD

2021年8月、NHK〈クローズアップ現代〉「シリーズ終わらない戦争 封印された心の傷」が放映された。「戦争神経症」を取り上げた内容で、ご覧になった人も多いのではないか。

「戦争神経症」とは戦場での戦闘行為によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)の発症のことだ。番組ではアジア太平洋戦争での過酷な戦闘体験のほか、兵士生活での差別や暴力もまたPTSD発症の原因とされていた。アジア太平洋戦争の敗戦直後までに入退院した日本陸軍の兵士は約2万9200人にのぼるが、その半数にあたる約1万450人が精神疾患を発症したという。

患者の対応に当たったのは千葉県の国府台陸軍病院だった。同病院の入院患者8002人のカルテ「病床日誌」を分析した清水寛・埼玉大学名誉教授を取材した「Buzz Feed News」の記事から元兵士たちの訴えを引用すると、

「12歳くらいの子どもを突き殺した。かわいそうだと思ったことがいまでも頭にこびりついている」
「部落民を殺したのが脳裏に残っていて、悪夢にうなされる」
「子どもを殺したが、自分にも同じような子どもがあった」
「付近の住人を殺した。夢の中で殺した領民が恨めしそうに見てくる」

清水氏は、これらは「まさにPTSDの症状だ」と語っている。(「Buzz Feed News」 2016年12月8日「戦後70年以上PTSDで入院してきた日本兵たちを知っていますか」)

中国戦線、泥濘の中を進む日本陸軍の歩兵隊(『支那事変写真帖』東光社、1938年)

◆“加害による罪責”の欠落

清水氏によれば、「戦争神経症」には6つの類型があるという。(清水寛編著『日本帝国陸軍と精神障害兵士』)

「戦闘恐怖」(戦闘行動での恐怖・不安によるもの)
「戦闘消耗」(行軍など、戦闘での疲労によるもの)
「軍隊不適応」(軍隊生活への不適応によるもの)
「私的制裁」(軍隊生活での私的制裁によるもの)
「自責念」(軍事行動に対する自責の念によるもの)
「加害による罪責」(加害行為に対する罪責感によるもの)
である。

PTSDは、ベトナム戦争で発見された精神疾患だ。多くのベトナム帰還兵が戦場のフラッシュバックを体験し、薬物中毒、アルコール依存症となった。自殺願望を抱き、感情のコントロールを失い、無気力に襲われ仕事に就くことができなくなった。これらは「ベトナム後後遺症」と呼ばれ、重大な社会問題となったし、多くの小説や映画を生み出す題材ともなった。

こうして見ると、何もかもが関東大震災下の朝鮮人虐殺とは違う。例えば「戦争神経症」の類型である「加害による罪責」に関する証言がほとんど見られない。この欠如はどうしてなのか。

『戦争における「人殺し」の心理学』(デーヴ・グロスマン著、ちくま学芸文庫)

◆「脱感作」と「集団免責」

『戦争における「人殺し」の心理学』という本がある。著者デーヴ・グロスマンは米国ウエスト・ポイント陸軍士官学校の心理学・軍事社会学教授であり、23年間奉職した軍人(中佐)である。本書は戦場における「殺す側の苦しみ」を分析した類のない研究書である。同士官学校の教科書にもなっている。

グロスマンによれば、平均的な人間には本来、同じ人間を殺すことに強烈な抵抗感がある。そのためごく普通の人間を兵士に仕立てるには、様々な面からの「脱感作」が必要になるという。兵士に行われる過酷な訓練や絶対服従などの条件づけは、殺人への感受性を軽減し除去する「脱感作」を目的にしたプログラムなのである。

関東大震災下の状況は戦争ではなかった。しかし「不逞鮮人襲来」の噂は市街に野戦と類似した状況をつくりだしていた。自警団の指揮を執る在郷軍人会のメンバーは、軍隊生活を通じて過去に「脱感作」されており、その配下に組み入れられた市民は「指示」「命令」に従って殺害を行ったケースもあったはずだ。

そこには「集団免責」も作用した。正気の人間なら望まないこと(殺人)を戦場で実行する第一の動機は、「自己保存本能ではなく、戦友に対する強力な責任感」(同書)であるという。集団との同質性が高いほど、個人の行動を同調させる義務感が生じる。また集団での行動は匿名性を高め、残虐行為を容易にするという。

これらは、ふだん近所づきあいをしていた人間同士で結成した自警団にもそのまま当てはまろう。その仲間意識の強さがデマによる復讐心を増幅させたとも思われる。

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