◆“劣った人種〟をこらしめる

ユダヤ人大量虐殺を行ったナチスドイツは、アーリア人を“優越人種”と規定し、“劣等人種”であるユダヤ人やジプシーを根絶する必要性を唱えた。そうした人種差別イデオロギーが、ホロコーストという人類史上の悲劇をもたらした。

大日本帝国の場合はどうか。

ナチス型のホロコーストを実行することはなかったが、琉球・台湾・朝鮮という植民地民族の権利を制限し、実質的な〈二級市民〉として処遇した。また彼ら(日中戦争開戦後の中国人も含む)の文化が日本から見て“劣った文明”であるという認識を国民に植え付けた。

そうした社会的/文化的に距離のある相手に対して、人は「こらしめ」をためらわない。
だが、この人種差別政策は双刃の剣でもあった。朝鮮ではそれが抵抗運動の激しさと独立運動の粘り強いエネルギーに結びついたし、日本が日中戦争で勝利できなかった理由もそこに見出すことができるだろう。

関東大震災下では、その抵抗の強さが〈不逞鮮人〉という敵愾心として追加された。そのイメージは政府によって増幅されていたのだが、軍・官・民ともに〈不逞鮮人〉の幻影が現実となる不安にとらえられた。震災の混乱下、彼らの脳裏には〈不逞鮮人〉というイドの怪物が出現し、人々は徹底的な殲滅をはかったのである。

関東大震災下の朝鮮人虐殺という未曾有の出来事は、こうした要因が複合的に織り込まれることで引き起こされたと言えるだろう。(敬称略 続く 19

劉 永昇(りゅう・えいしょう)
「風媒社」編集長。雑誌『追伸』同人。1963年、名古屋市生まれの在日コリアン3世。早稲田大学卒。雑誌編集者、フリー編集者を経て95年に同社へ。98年より現職。著作に『日本を滅ぼす原発大災害』(共著)など。

 

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