デマを流布させた『新愛知』1923年9月5日付号外の紙面

◆「ジュウゴエンゴヂッセン」

名古屋へ向かう車中のこと。停車場に着くと例のごとく銃剣を閃かせた軍人が窓から首を突っ込んで、ぎゅう詰めの車内を点検し始めた。

 「おい、貴様、ジュウゴエンゴヂッセンと云って見ろ!」

兵士は突然私の側にいる色の黒い印半纏(しるしばんてん)の労働者を指して鋭く怒鳴った。

彼はこの突然の奇異な訊問の意味が解らないと見えて、ドギマギしていた。が、暫(しばら)くしてはっきりと、 「ジュウゴエンゴヂッセン」と答えた。

「よし!」と兵士は案外にあっさりと切り上げて立ち去った。

ジュウゴエンゴヂッセン。十五円五十銭。

兵士の立ち去った後、壺井は口の中でこの言葉を繰り返してみたが、訊問の真意がどうしても理解できなかった。訊問された労働者もしきりに首をひねっていた。

数日前、東京で兵士に呼び止められた時には、こんな訊問は受けなかった。彼がその意味を理解したのは、ずっと後になってからだった。(敬称略 続く 6

劉 永昇(りゅう・えいしょう)
「風媒社」編集長。雑誌『追伸』同人。1963年、名古屋市生まれの在日コリアン3世。早稲田大学卒。雑誌編集者、フリー編集者を経て95年に同社へ。98年より現職。著作に『日本を滅ぼす原発大災害』(共著)など。

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