10年ぶりに再会したイスメット・ハサンさんと家族。限られた食料を切り詰めながら飢えをしのぐ。「政府軍が去り、『解放』を喜んだが、こんどは反政府組織どうしの新たな戦闘がはじまった」と彼は嘆いた。(シリア北西部・アレッポ県アイン・アル・アラブ 1月撮影:玉本英子)
10年ぶりに再会したイスメット・ハサンさんと家族。限られた食料を切り詰めながら飢えをしのぐ。「政府軍が去り、『解放』を喜んだが、こんどは反政府組織どうしの新たな戦闘がはじまった」と彼は嘆いた。(シリア北西部・アレッポ県アイン・アル・アラブ 1月撮影:玉本英子)

 

◆内戦前にも起きていたシリア北部の反政府運動

私が初めてシリアを訪れたのは2004年の夏だった。この年、シリア北部のクルド人居住地域では反政府デモが広がった。クルド人はシリア国民の1割 ほどを占めるが、民族独立の意識が強く、政府からは厳しく弾圧されていた。人びとは、クルド語での学校教育などを求めてきたが、強権的なアサド政権の下で は、認められることはなかった。

反政府運動に加わった住民のなかには、治安部隊よって長期投獄や殺害されたり、行方不明になる者が多数いた。弾圧下にあったクルド人の状況を調査するために訪れた町のひとつがアイン・アル・アラブだった。

トルコ国境に近い農村部に位置する小さな町だが、秘密警察のムハバラットはあちこちに監視の目を光らせていた。外国人記者に協力した住民は、拘束され、投獄される可能性もあった。こうしたことを恐れて、取材を断る人も少なくなかった。

そんななか、取材の協力者を探してくれたのが、イスメット・ハサンさん(48)だった。電気技師で8人の子どもを持つ普通のお父さんだが、地元部族 の有力者でもあり、住民の信頼も厚かった。彼の運転する車で目立たぬよう、日が落ちてから町や村を移動しながら家々をまわった。

「隣のイラクではフセイン政権が崩壊したのに、なぜシリアは何も変わらないのか。自由のためなら最後の一人になっても闘う」と彼が話していたことを思い出す。

私は10年ぶりにイスメットさんと家族に再会することができた。玄関先で奥さんは私を見るやいなや、かけよってきて、私を強く抱きしめ、涙声で「ありがとう、ありがとう」と何度も繰り返していた。

「まさか、こんな時に来てくれるとは思わなかった」
イスメットさんも目を潤ませた。

アイン・アル・アラブでは3年前、民衆蜂起が始まると、政府軍はこの町から徐々に撤退した。アレッポなど他の都市などの重要拠点に戦闘部隊を集中さ せたためだ。情報機関ムハバラットや警察も姿を消し、現在、町は地元住民が組織した自警団が治安維持の任務にあたる。かつてはなかったクルド語の看板が通 りのあちこちに掲げられ、学校ではクルド語の授業もはじまっていた。

だが、住民たちが「解放」されたわけではない。周辺の地域一帯はいま、イスラム武装組織が包囲網を敷き、町に軍事攻勢をかけようとしている。地元の クルド組織は若者を動員して、町を死守すべく必死だ。すでの多くの若者が戦闘で命を落とした。郊外には頻繁に迫撃弾が撃ち込まれ、幹線道はたびたび遮断さ れる。このため、食料や水、医薬品はほとんど届かなくなった。

イスメットさんは嘆く。
「アサド政権からやっと『解放』されたと喜んでいたのに、新たな戦闘がはじまった。それも国民どうしの殺しあいだ。誰一人、こんなことを望んではいなかったのに」

ユーフラテス川沿いにあるこの町は、かつてアッシリア帝国が栄えた地域だ。古来、幾千もの文明、そして戦(いくさ)が交差した地域に、いままた戦争が起こっている。いま、この地を覆う悲しみに、私の胸は締め付けられる思いだった。(つづく)

【シリア・アレッポ県アイン・アル・アラブ 玉本英子】

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